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「はああ~、づ が れ だ ~ ~」
私は、部屋に入るなり、真っ黒な革張りのソファにダラリと寝転がった。
クレオパトラ風、黒髪ストレートのヅラを頭から剥ぎ取ると、L字型のソファの上方にポイっと放り投げる、
ぽよんっ。
さっきまで入れ続けていた下腹の力を抜くと、セクシーなチャイナ・ドレスのウエストのおへその下が、無様なSカーブを描く。
「ハハハ…かなりお疲れのようだな」
奥の事務室から、修爾さんが顔を出した。
贔屓目ではあるが、黒タキシードの正装姿は彼によく似合ってる。片手には15インチノートパソコン。彼は奥で、今夜の売上の確認をしていたようだ。
私にこの役を与えた張本人は、誰あろうこの人だ。
私は彼に、この耐え難い疲労感を少しでも癒してもらうべく、甘えた愚痴を言った。
「”かなり”なんてもんじゃないですよ~。大体ね、こんな役、私には向いてないんですよ…”東洋の宝石”、”ギャンブルの女神様”だなんて。詐欺詐称もいいとこです」
「そんなことはない、もうだいぶ慣れてきただろ?
今夜だって、かなり板についてたぞ」
クリスタルガラスのローテーブルにパソコンを置くと、修爾さんは私の頭の側に腰掛けて、私の頭を一撫でする。
「…この役、他の人にお願いできないんですか?ホラ、ここにはたくさん綺麗な女の子がいっぱいいるんだし。姫ちゃんや京香さんとか、他にも沢山」
10年前、かつての彼のお店にいた多くの女の子やスタッフは、また彼の元に舞い戻り、ここで働いているのだ。(もちろん、あの希一君も然り、だ)
「俺の大事な友人達に、咲以外をパートナーとして紹介する気はない」
「む…」
嫉妬混じりの私の言葉に、そんなセリフをキッパリと恥ずかしげもなく言い切る彼に、悪い気はしない。
しないが、どことなく照れくさい。
プイっと顔を背けると、彼は、横を向いた私の頭を自らの膝に乗せかけた。
膝枕の恰好になり、自然、背けた顔は再び彼の側に固定される。
彼は、労うようにゆっくりと私の頭を撫でながら言った。
「まあ、咲が大変なのは解ってるつもりだ。本当は、こっちの世界には関わらせたくないし、大いに矛盾してるんだが…その…
これだけは譲れない」
真面目くさった顔で告げた後、ちょっぴり顔を赤らめた彼にいたたまれなくなった私は、
「あ、そうだ!これ。見てください」
「ん?」
照テーブルに投げてあったスマートフォンを取り、とある画面を彼の面前に差し出した。
{美華ちゃん、さっきやっと寝た。ママママいって大変だった笑
今からみー君達とウノ大会。じゃあねおやすみ~。
(あ、パパにもよろしくw)
「…て。10時くらいに圭ちゃんから。
ね?美華ちゃんってば、寝ぐずりが激しいから…子どもたちを預かってくれてる深雪さんの家にも多大なるご迷惑をかけてるんじゃないかと」
「ハハハ、圭太は相変わらず優しいな。美華を操る天才だ」
「あのね、そういうコトじゃなくて…」
「まあいいじゃないか、今夜くらい"母親"を休んでも。
たまには俺に…独占させろよ」
「もう」
近づいてくる彼の顔に、私はゆっくりと目を閉じた。
彼から伝わる体温の暖かさに、心地よく微睡みながら。
(おわり)
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