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「じゃあ、またね、隼人。仕事頑張ってね」
「うん、綾も」
僕がWEB会議アプリの退出ボタンを押す前に、綾の笑顔が消えた。
僕はパソコンの画面を見つめながら、大きなため息を吐いた。
綾と遠距離恋愛を始めてから、もう半年以上は経つ。
最初はオンライン会話を毎日のように楽しみ、週末は時間があればお互いの住んでいる場所へ会いに行った。
でも、二か月三ヶ月と経つ内に、まずは綾が「仕事が忙しい」と言い始めて週末に会わなくなり、段々オンラインでおしゃべりする回数も少なくなった。
綾は本当に忙しいのか、パソコンの画面越しでもわかるほど痩せて、顔色も悪くなっていった。
綾のパソコンのカメラは性能があまり良くないらしくかなりぼやけて見えるのだが、それでも綾の具合が悪そうなのは手に取るようにわかった。
綾が心配になった僕は「そっちに行くよ」と何度も申し出たが、綾は「大丈夫だから」と繰り返すばかりだった。
そしてある日、綾が「仕事で出張に行くから、しばらく会えないしオンラインでも話せない」と言って来た。
会えないのは仕方ないが、出張なら電話でくらい話せないのか? と訊いてみたが、綾は「無理なの」と言うだけだった。
僕は仕方なく綾を待った。
一か月後、再び僕の前にパソコンの画面越しに現れた綾は、まるで別人のように見えた。
一か月前はあんなに痩せていたのに頬もふっくらとしていて、ぼやけたカメラ越しにも顔色が良くなっているのがわかった。
驚いた僕が「どうしたんだ?」と訊いてみると、「出張先の田舎の空気が良かったみたい」と明るく話してくれた。
でも、綾はそれからも相変わらず僕に会ってくれなかった。
会うだけでなく、オンラインで話す時間も極端に少なくなった。
そして、何だか急に余所余所しくなったのだ。
僕が理由を訊いても、「仕事が忙しい」「別に何でもない」と繰り返すだけだ。
*
大きなため息を吐いた僕は今までの綾とのやり取りを思い出して、「やっぱり、おかしい」と心の中で呟いた。
いくら仕事が忙しいとは言え、あんなに会えないのはおかしい。
前はオンラインで長々と話していたのに、あんなに話す時間が短くなってしまったのはおかしい。
何よりも、綾の余所余所しい態度……。
僕に何か隠し事でもしているのではないだろうか。
僕はパソコンの画面前から立ち上がると、タンスの中から旅行用のカバンを取り出した。
(――明日の土曜日、綾の住んでいる街へ行ってみよう)
綾には内緒でこっそり行ってみよう。
そして、綾が今どうしているのか見て来よう。
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