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私、オリヴィアは不思議な空間にいた。何もない黒い箱のような場所で、ただ無の時を過ごす。ふと、気づいた。ここは大地の呪いという怨念の中なのだと。
私は今、前世の半神半人バルバラでもあり、人間のオリヴィアでもある。それでも呪いは拒むことなく、私を受け入れるだろう。
このままここにいれば私は呪いと同化し、二度と戻れない。私はお父様、お母様と必ず戻ると約束をした。しかし、呪いはゆっくりと私に攻め寄る。
私の使命はきっと、すでに叶っている。呪いは黒き狼神の子、エハルを貪り食ったことだろう。復讐に塗れていた彼が呪いと同化したことは確信出来た。
それでも、私もそろそろ限界のようだ。呪いは私にまで近づいてくる。約束を守れなくなってしまう。そう思った時だった。私の頭上から、聞き慣れた声が聞こえてきた。
優しい、私を安心させてくれたその声、その主は……。
「ヤーフィス……」
大地の呪いと同化した私の前世の夫、ヤーフィスの声だった。彼とともにいるならば怖くはない。私は彼に手を差し伸べようとした。
しかし、彼は消えてしまった。"君はここにいるべきではない。"そう聞こえた途端、あたり一面が突然眩しく光る。私は大きな光に包まれた。
***
私はただひたすらオリヴィアの帰りを待った。彼女との約束を信じて。私の夫、シーグルドも同じ気持ちでひたすら待っていた。
私は彼の手を握って言った。
「きっと、大丈夫。オリヴィアなら必ず戻ってくるわ」
「ああ、そうだな」
彼はこんな状況なのに私を安心させようと微笑んだ。私も彼に微笑みかける。彼と手を繋いだまま、我が娘のオリヴィアを待った。
その時、ふと頭上から光が照らす。私たちは2人で空を見上げると、そこには1人の少女が眩い光に包まれて宙に浮いている姿があった。
「オリヴィア……!」
私たちはゆっくりと地上に降りてくるオリヴィアの下に駆け寄る。その少女はまさしく私たちの娘、オリヴィアだった。
彼女はゆっくり目を開くと、私たちの前に着地した。
「おかえりなさい、オリヴィア」
私が涙ぐんでそう言うと、彼女は微笑んで言った。
「ただいま。お父様、お母様」
私たちは3人で抱き合う。もう二度と離れることがないように、私は強く2人を抱擁した。
「オリヴィア、良かった。あなたが無事で、本当に……」
「お父様、お母様……信じて待っていてくれてありがとう」
私はオリヴィアと抱き合う。彼女は私の背中越しにシーグルドとも目を合わせると、2人は微笑み合った。
私たちは体を離すと、オリヴィアが改まって言った。
「私、2人に話しておきたいことがあるの」
そう切り出す彼女に私たちは黙って頷き耳を傾ける。彼女は言葉を続けた。
「私に今後、バルバラの記憶はいらない。だから前世の記憶や、今ここで起こった出来事の記憶を、私の頭から全て消そうと思う。そして、これからはちゃんと、2人の娘として生きていきたい」
彼女は私たちにそう言い切る。彼女の目は私たちに強い決意を示すようだった。シーグルドが彼女に言った。
「分かった。お前がそれを望むなら俺たちは止めない」
「ええ。私たちはあなたの意思を尊重するわ」
私たちがそう言うとオリヴィアが微笑む。そして白く輝く魔法を使った。彼女が呪文を唱え出す。その美しい魔法は、彼女を優しく包んでいった。
しばらくして、魔法の光が消えると彼女は眠りにつく。私たちは倒れそうになる彼女を支えた。
「さよなら、バルバラ……」
私は最後に彼女にこう声をかけた。これで彼女の中にいるバルバラが、再び目覚めることは二度とないだろう。
シーグルドが眠る彼女を抱き抱えると、始まりの地、狼神の森から出ようとした。その時、私の目の前にゆっくりと大きな影が近づいてくる。その影には見覚えがあった。以前森に入った時に私を助けた白い狼にそっくりだった。
恐らく、この巨大な狼こそがバルバラを創った白き狼神なのだろう。私は白き狼神に微笑む。すると白き狼神は一度遠吠えをして、ゆっくりと透けるように消えていった。その瞬間、森の木々が枯れ始める。地面の草や花は全て茶色く萎れ、全て枯れ果ててしまった。
状況に戸惑う私にシーグルドが言った。
「恐らくこの森に、狼神はもういない。黒き狼神も白き狼神も、彼らの分身エハルとバルバラを創り出した時には、もう消滅していたんだ。だからさっきのは遺っていた白き狼神の魂のかけらなんだろう」
「魂のかけら……。それなら、これで完全に彼らはいなくなった。だから、森は本来の形に戻ったのね」
「そういうことだ」
緑色一色に覆われていた美しかった森は、今では全てが枯れている。これがこの地の本来の姿なのだろう。
私たちは枯れ果てた地を進むと、森を出て宮殿へと戻って行った。
それから数日も経たない頃。オリヴィアは無事に目覚めた。彼女が宣言していた通り、エハルやバルバラ、あの日の出来事に関しては全く記憶がないようだった。
彼女がバルバラとして持っていた神聖魔法も失っているようで、彼女は以前のオリヴィアのように魔法は苦手なようだった。
今では元通り、姉のセレスや弟のミハイルと楽しく宮殿で生活している。彼女がこうして当たり前の生活を送る姿を見られることが何よりも幸せだった。
私がいつものように子どもたちの様子を見ながら裏庭でお茶をしていると、公務を終えたシーグルドと私の護衛、ヨセフがこちらに向かってきた。
ヨセフの傷はあれからシーグルドの魔法によって無事完治し、今では再び私の護衛やシーグルドの従者として従事してくれていた。
「お父様、ヨセフ!!」
セレスが2人を見つけると彼らに駆け寄る。オリヴィアとミハイルもそれに続いた。
「2人も私たちと遊んで! 今は鬼ごっこをしているの」
「お父様はお母様と話があるから、ヨセフを仲間に入れてやってくれ。ヨセフ、頼むな」
「はい! もちろんです」
そう言ってヨセフは3人のいる方へ元気に駆けていった。
ヨセフと子どもたちが遠くで遊び始めると、シーグルドが私の対面にある椅子にゆっくり腰掛ける。そして私と同じように子どもたちを見つめた。
「元気だな、あいつら」
「ええ、とても楽しそうね」
私がそう相槌を打つと、シーグルドが私を見つめる。その視線に気づいて私も彼を見つめた。
「これからこの国は大きく変わっていく。俺たち2人で変えていくんだ。より良い未来のために」
「そうね。魔法を本来あるべき姿に。人を選別するものではなくて、人を守るためのものにね」
私たちは微笑み合う。優しい風が私たちの間を通り過ぎる。これから先、私たちはきっと迷わないだろう。
私がそう考えていると、シーグルドが突然私の手に彼の手を重ねる。そして私に言った。
「これからもよろしくな。俺の可愛い奥さん」
シーグルドがいつもの調子でおちゃらける。いつもは怒るところだが、私は微笑んで言った。
「こちらこそ、素敵な旦那さま」
私たちは優しい口付けをする。そんな私たちを見守るように、暖かい風が柔らかく私たちを包み込んだ。
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