最後の夜 其の二

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「木藤岡刑事!ちょっと待ってください!」 悠一郎は琢馬の手を掴み床から這い出るのを助けた。続けて顔を覗かせた心咲も琢馬と一緒に引き上げ、床を閉じた。 「良かった、伯耆先生が無事で。」 安堵の表情を浮かべる琢馬とは裏腹に、悠一郎は血だらけの二人を見て心配そうな表情を浮かべた。 「あ、いや、俺のは自分の血じゃなくて。心咲は肩に怪我を。八千代に襲われまして。」 「八千代に!?」 八千代に襲われながらも生き長らえた奇跡に驚いた悠一郎は、心咲に近付くとシャツをずらして肩の傷を確認した。その間も、心咲は痛さに苦悶の表情を浮かべていた。 「…これは酷い。ほんとならすぐに病院で手当てをしたいくらいですが…、ちょっと待ってください。」 悠一郎はそう言うと、居間に行き、何かを持って足早に戻ってきた。 「箪笥の上に配置薬がありました。何軒か置いてある家を見てたんでもしかしたらこのお宅もと思って。」 悠一郎は配置薬の中から消毒液と包帯を取り出した。 「染みると思いますが我慢してください。」 悠一郎はそう言うと、恐らく八千代の爪で肉が抉れてしまった傷口に消毒液をかけた。 「ぐっ。」 あまりの痛さに心咲はツラそうな表情をしながら足をバタつかせた。琢馬は心咲の手を掴み、頑張れと声を掛け続けた。悠一郎はそのまま慣れた手付きで、包帯をキツく巻いて傷口が開かないように処置をした。 「とりあえずは応急手当ですが…。早く病院に向かって手当てしましょう。」 「ありがとうございました。」 心咲はさっきまでの痛みよりは弱まり、感謝を伝えた。 「しかし、この床の抜け道は?」 「太郎さんから教えて貰ったんです。各家の台所には抜け穴があって、何処かの家と繋がってるって。」 「なるほど、八千代対策の一つですかね。しかし、榛家は穴の上に物を置いてましたし、長年使われてなかったんでしょうね。」 「二人とも、今は穴の話は後にしましょうよ!八千代が近くにいるんですから!」 心咲は割り込んで話を止めると、八千代の動向を気にして、キョロキョロと辺りを伺った。 「そうですね、八千代を引き連れて病院に急ぎましょう!既に、茂村刑事たちが八千代の骨を見付けて病院に先に向かっています。」 「圭介が?それは急がないと。」 「ちょっと待ってください!八千代を引き連れるって、どうやってやるんですか?」 「…どうって…。」 心咲の質問に琢馬は良案を思い付くことができずに考え始めた。 「…この家から200メートル程離れたところに、さっき我々が乗ってきたバンがあります。八千代が近くにいるなら、そのまま八千代を引き連れて、その車に乗り込んで…難しいですよね。」 悠一郎は自分で言いながらも、八千代に追い付かれる危険性が高すぎると思ってやめた。 「あ!道雄さんからの御守りは持ってますか?」 琢馬からの問い掛けに、すでに使用してしまった悠一郎は首を横に振ったが、心咲はポケットから御守りを取り出し琢馬に見せた。 「よし、一つあれば何とかなるかもしれない。」 琢馬はニヤリと笑った。
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