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皮肉の言葉に頬が引き攣るが、怒りの感情は出てこない。それよりもどこか恥じらいにも似た衝撃が心を占めた。
得意げに組まれた腕がぱっと離れる。
視線がせわしなく辺りを見回す。
他に何を見落としているというのか。
「そこじゃねぇってどういう……」
動揺を表したように声はしりすぼみに消えていった。
その向かいで燎が眉間に皺を寄せ、肺の空気を出し切るような大きな溜息をつく。
「…………玄間殿に罪を着させるなら、入れ替えたざるのを調理させるだけで済んだ。けれどなんでわざわざ入れ替えた後に、こうして本物のざるをここに戻したのか。これじゃああたかも、ざるを入れ替えました、と白状しているようなものでしょ」
「た、確かに……」
「愚鈍と言ったのはそこ。これで少しはその低脳な頭で理解できたらいいんだけど」
「う、うるせえな! 低脳低脳言うんじゃねぇよ!」
意図がわかったところで再び湧き上がる感情に吠えるが、彼はしれっと目を細めてこちらを一瞥するなり、手を上げさっさと厨を出て行ってしまった。
苛立ちと共に取り残された魁は、舌打ちをしてじっと取り残されたざるを改めて見た。
荒れ果てた厨の中でそれは、燎が言った通りあからさまな不自然さをかもし出していた。
玄間は自分が用意したざるであると、疑う由もなく置いてあったざるのを調理した。そして今、調理されていない蕗ノ薹のざるが置いてある。勝手にざるが歩いてくるわけはない、人の手によって置かれたのは明らかだ。
「なあ、爺さん。今朝、雉狩りに出かけたときには、ざるはあそこに置いていたんだよな?」
未だ混乱の残る頭をかきむしりながら、魁は玄間の元に歩み寄った。
得た情報を一つ一つ整理しなければ、知恵熱が出てしまいそうだ。
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