エピローグ

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エピローグ

――2024年 パリ 某ホテル 「愛華! ちゃんと眠れた!? 緊張してない!? 何か飲み物買って来ようか!? あ、それともマッサージでも頼む!?」 「慧、ちょっとは落ち着いてよ。私の方が緊張してるはずなのに、なんでずっと慧があたふたしてるの。逆に落ち着かないよ」  私は今、花の都パリに来ている。というのも、2024年に開催されたオリンピックに愛華が競泳自由形200mで決勝進出を決めたからだった。  私たちは二十歳になり、私は日本で調理師の学校に通っている。愛華は相変わらずハワイに拠点を置き、ハワイの高校を卒業後、実業団チームに加入し、そこでずっと水泳に打ち込んできた。その結果、今期オリンピックに出場するという華々しい功績を獲得した。  既に、準決勝は終わり、愛華は4位で予選を突破していた。  ふたグループあるうちのひとつでの4位での突破だが、金メダルを獲得するためにはもう少しスコアを上げなくてはならない。  愛華はソファに腰掛けながら、私の挙動を見て、ただただ苦笑していた。成人した愛華は、高校生のときから比べ、身体付きもより筋肉質になっていたし、趣味でダイビングやサーフィンもするようになったのもあり、より日焼けしたように思える。  高二の文化祭で、私たちは正式に付き合うようになり、いずれ私が今の専門学校を卒業したときには私もハワイへ移住しようかと考えていた。  何故、調理師の学校に通おうかと思ったかというと、愛華に沢山栄養のあるものを毎日食べて貰いたいと思ったからだった。  調理師の免許を持っていれば、手に職が付き、どこの国でも仕事が出来ると思ったのも大きかった。まだまだ拙い英語を習得するために、英会話スクールも並行して通っている。  とにかく、私たちはあれからお互いのこの先について毎日ビデオ通話で語り合っていた。会えない日々が募るたび、愛情が強く結ばれていったようにも思える。高校生だった頃や、今も学生である私にとっては、なかなか外国にまで行くほどの金銭的余裕がない。その代わり、愛華が帰省したときには充分に愛し合った。  そんな日々を重ねていた私たちは、遂に愛華の晴れ舞台で久しぶりの再会を交わしたのだった。 「そんなこと言っても、緊張しないわけないじゃん! 愛華が金メダル取ったら、愛華は世界レベルの有名人になるんだよ? その彼女が私なんだよ? そんなの緊張しないわけないじゃん!」  私はソファでテレビに向かってザッピングしている愛華に力強く言う。 「金メダル取るのが前提なんだね……。そうは言ってもやっぱみんな強いよ。なんとかメダルは欲しいとは思ってるけど……。変なプレッシャーやめてよ、本当に」  愛華は笑いながら応える。そういう愛華はオリンピック出場を決めたとき、「絶対金メダル取るから、応援しに来て」と言っていたのだ。負けず嫌いな愛華のことは重々承知している。今は私をからかってこうは言っているけれど、内心は闘志で燃えたぎっているのは間違いない。  私は今までの予選もテレビやwebで観てきた。愛華の活躍は日本人選手が少ない女子自由形200mでも活躍をし、どんどん予選を突破していくその姿に何度も感動した。日本のニュースでも愛華の活躍は報じられ、そのたび、私は歓喜していた。  webのアーカイブなんて何度見返しただろうか。それくらい、愛華の泳ぎは高校生時代の比ではなく、本当の競技者になっていた。 「もうすぐ会場入りだね。じゃあ、私もそろそろ移動するよ。慧も行くでしょ?」 「うん! あ、愛華! これ!」  私がバッグから出したのは必勝祈願のお守りだった。愛華はそれを手に取ると、顔を綻ばせ、 「ありがとう。絶対、慧の首にメダル下げさせるからね。観客席から大声で応援してね。ほら、高二のインハイ予選のときみたいにさ」 「え? あの声聞こえてたの?」  愛華は声を出して笑った。私は少し恥ずかしくなるも、 「聞こえてたよ、ちゃんと。だからインハイ予選突破出来なくて余計悔しかったからさ。もう、慧がいるところで負け戦はしたくないんだ」  そう言う愛華は力強く、凛々しい顔をしていた。大人びた愛華は高校時代よりもより美しくなっていた。私と同い年なのに、それでも私だって大人ぽくなったはずなのに、年上に思えて仕方がない。心の受け皿も愛華は広くなり、外国暮らしが長いせいかとてもおおらかになったようにも思える。それでも変わらないのは愛華の真っ直ぐな愛情だった。  愛華の言葉に私は愛華に抱き着いた。そして顔を少し上げると、 「絶対、会場中に響き渡るくらいの声で応援するから、勝ってね」  そう言うと、愛華は頷き、私にキスをした。それから私を強く抱きしめ返すと、唇を離し、頭を撫でてくれた。 「うん。約束。じゃあ、行ってきます」  愛華はスポーツバッグを下げ、手には私の必勝祈願を握り締めてホテルの部屋を出て行った。  私はその姿を誇らしく思い、見送った。愛華は必ず勝つ。愛華が努力してきた日々を私は見てきたのだ。それでもやはり緊張がほぐれず、私は居てもたってもいられず、化粧を直すと同じくホテルを出た。
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