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終章
故国を思いながら眠る人々の傍らで、私はきらめく波を眺めていた。
あの時、母は片手で折れたデッキにつかまり、もう片方の手で私を抱きしめていた。
海は穏やかだったが、母は私のために体温とすべての命を分け与え、何日か目に力尽きて海の底に消えていった。
私は母からもらった命でデッキの破片にしがみつき、翌朝、異国の船に助けられた。
やがて言葉もわからず、知る人もいない土地での新たな生活が、否応なしに始まった。
この二十年、生きる希望を失った私を支え続けたのは、ひとえに怒りの感情だった。
理不尽に家族を奪われ、たった一人でこの世界に取り残された私にとって、私と家族を引き裂いた何者かへの復讐のみが生きる力だったのだ。
今、こうして復讐を果たし、私の手に残った物はあの日の幸福な家族の残像だけだ。
目を閉じれは輝かしいメアリー・セレスト号と、まだ若い父と母の姿が浮かぶ。もうあの船はどこにもない。私はこれから別の船に乗り、新たな海を目指さねばならないのだ。
瞼を開くと故郷の港と繋がっているに違いない、青く凪いだ海が見えた。
私は冷たくざらついた懐中時計を握りしめると、外人墓地に背を向けて坂道をゆっくりと降り始めた。
〈了〉
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