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4.解散
次の日から、尊は今まで以上にネタ見せやオーディション、ライブをこなしていった。
バイトを探す暇もなさそうだから、このまましばらく居候させてやろう。俺は彼女もいなけりゃ趣味もない。売れない芸人1人くらい食わせていける金はある。
「うわっ! ビックリした……」
2月も下旬になったある日、帰宅して電気をつけると尊が死んだように倒れていた。
今日はオーディションがあるから遅くなると聞いていたのに。
「なにやってんだよ、電気もつけずに。寝てた?」
「大輔ぇ……」
ラグに顔を埋めたまま、尊が地獄みたいな声で呻く。
「西本が……辞めるって」
西本、とはもちろん相方のことだろう。
辞めるって……バイト、じゃないだろうし。
「芸人引退するって」
「引退……って、スプラッシュはどうすんだよ!?」
「そりゃあ解散、だろ」
「なんで急に。この前のライブも普通にやってただろ」
「そのライブが決定打だったんだと」
西本とは俺も何度か会ったことがある。
猪突猛進な尊とは違って、冷静で頭の良さそうな男だった。
「前々から考えてたけど、このままやってても先が見えないって。今ならまだ30前だから、地元帰って就職して親安心させたい……なんて言われたら止めらんねえよ」
頭の良いやつだけに、引き際をわきまえているのかもしれない。20代のうちに辞めるのは賢明な判断ではある。
けど――
「尊はどうすんだよ」
「俺は続けるよ。絶対売れるって決めたんだから」
尊の炎は消えていなかった。芸人に解散も再結成も珍しくない。きっとすぐ新しい相方を見つけるだろう。
と、尊がすくっと立ち上がった。
「大輔、俺とコンビ組んでくれ」
「は……?」
「俺、やっぱり大輔と一緒にやりたい。もう1回、2人でお笑いやろう」
バカ言うな、と笑い飛ばそうとしたが、尊の真剣な眼差しに気づいて自重した。
「落ち付けって、ヤケになるなよ」
「なってねえよ。真剣に言ってんだからな」
どうにも返答ができずにいると、尊が俺から視線をはずす。
「西本に言われたんだよ。本当は昔の相方とやりたいんだろ、って」
「西本に?」
「そんなの言ったこともないし、思ってもないつもりだった。けど、言われて気づいたよ。俺この10年、大輔と2人でステージに立ってたときのこと忘れられなかった」
ステージなんて大層なもんじゃない。ただの高校の文化祭だ。
青春の思い出。プロの芸人として苦労してる今と違って、楽しかっただけのあの頃が美化されてるだけだ。
「無理だって、今更」
「大輔なら大丈夫だって。30で辞めるやつもいれば、30から入ってくるやつもいる世界なんだよ。まだ遅くない」
「けど」
「とにかく考えといて!」
押し付けるようにそう言って、「腹減った~」と台所に消えて行った。
「相変わらず人の話聞かねえやつ……」
尊は何も変わらない。
10年前の、あの頃から。
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