1518人が本棚に入れています
本棚に追加
/188ページ
ヒールを履いた私より少しだけ高い身長。ブルーグレーの髪は襟足だけ結わえ、いつだって剣士らしくない軽装。
細身の体から繰り出される繊細な剣術は負け知らずで、隣にいるだけで物理的にも心理的にも安心できる。心をひとつも繕う必要がなく、主人である私に対して減らない口も心地いい。
私にとって、アレンはかけがえのない人なのだ。
それなのに本当にこれで最後なのだと思うと、なんだかうまく笑うことができない。
「本当に、長い間、側に置いてくださってありがとうございました。これから……これまでまだ経験していないような、様々な苦難に直面するであろう貴女を――」
話しながら下がっていったアレンの視線は、ゆっくりと私の瞳に戻る。
「側で支えていけないことだけが、心残りでなりません」
「アレン……」
私はそのまま、言葉を失ってしまった。
アレンは馬丁に合図して手綱を受け取った。
「それでは、どうかお元気で、デミルカ様」
そう言って、相変わらずの華麗な身のこなしで軽々と馬に跨る。
もう一度皆に笑顔で別れを告げ、見送られながら、アレンは馬を歩ませ始めた。
進行方向を定めるやいなや、迷いなく離れていく後ろ姿。
軽快なリズムで一歩一歩遠ざかるごとに、胸が締め付けられていく。
どうしても譲れなかったことが三つあった。
一つは民達の安寧。
一つはマルグレト様との結婚。
そしてもう一つは――護衛のアレン。
けれど、全てを手に入れることなんかできない。
何もかも思いどおりにしようなんて高望みだ。
これはマルグレト様のために決めたこと。
最も大切な夫に対する私なりの誠意。
だから諦めるしかない。
諦めるしか、ない――?
疑問符が浮かぶと同時に、私は駆け出した。
最初のコメントを投稿しよう!