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 街角何でも相談所『止まり木』は、小さな町の寂れた商店街の一角、古びた雑居ビルの三階に事務所を構えた。  この雑居ビルの一階に入っていた居酒屋が先月閉店したため、このビルの、一番目立つ入り口がシャッターで閉まったことになる。 (もはやどこからどう見ても立派な廃墟ビルだな。)  三階へと繋がる狭い階段を上りながら、男はほくそ笑んだ。  やがてたどり着いたのは、『止まり木』と書かれた手書きの看板を掲げた、ベニア五枚分ほどの薄いドア。冷たいドアノブを捻って引き開ける。 「おはようございます、所長。いい加減ビル入り口階段横に営業中の電光掲示板を出さないかって、二階の占いババアが今日も言いにきましたよ。」  『止まり木』所長、牟田暁雅(むた あきまさ)が小脇にスポーツ新聞を抱えて事務所のドアを開けた瞬間、事務員の三條要(さんじょう かなめ)が興味無さそうに言い捨てる。  毎度のことながら三條のその目はパソコンにばかり向けられて、一切こちらを見ようとしない。 「あそう、山田さんは今日も元気で何より。」  牟田は細い目をいっそう細めて気のない返事をしながら、自身のデスクの椅子を引く。中古で買った社長っぽいその椅子にどかりと座りながら、牟田はちらりと三條を見た。  真っ赤な短髪でピアスだらけの耳をした派手な身なりの三條は、朝のルーティーンであるチュッパチャップスを歯間で転がしながら、副業の株のレートのチェックに余念がない。 (いやまあ、…そうね。もはやこっちが副業か。)  嘆息混じりに牟田は、癖の強い黒髪を掻きむしりながら、四つ織りにしたスポーツ新聞片手に、朝食のメロンパンに齧りついた。  すると三條が「あっ」と徐に声をあげる。 「そういや牟田さん、今日一件、相談予約が入ってますよ。」 「えぇ!」  牟田は思わず飲んでいた缶コーヒーを吹き出しかけた。堪えきれずに口角から垂れた茶色いコーヒーをよれよれのスーツの袖で拭う。それを見た三條が目を細めて口角を下げた。 「うわ、汚っ」 「いやいや、三條君、君ね、報告の順番おかしいよ。そりゃコーヒーも吹くよ。アラフォーの口の緩さを嘗めたらいかんよ。」 「は?」 「いやいや、は?じゃないよ。予約入ってんならさ、先に言おうよ。ほら、三日ぶりの仕事でしょ?緊張感って大事だよね?俺にもほら、心の準備ってもんがあるよね、」 「今日の午前10時に来られますよ。ああ、あと30分後っすね。」 「いやいや、ほらね、準備がいるでしょ三條君。今度から仕事の予約を先に言ってね。」  最近の若者へのコンプライアンスを重視した牟田は、心を込めずに穏やかに微笑みながら立ち上がる。そして雑巾片手に事務所奥にある相談室の、換気と消毒と掃除に向かった。      ※ ※ ※  牟田はアルコール消毒を執拗に相談室のテーブルに吹きかけながら、小さく溜め息を漏らす。  相談室入室前に三條が口にした、「依頼人、なんか若い女の声でしたよ」との言葉を反芻しては、眉根を寄せた。 「………」  若い女性が、こんな寂れたよろず屋に依頼を持ち込む場合は、大抵がろくな依頼ではない。若い女性はあまり浮気調査にも訪れないし、結婚相手の身辺調査を若い女性本人が望むことも稀だ。    ペットの捜索依頼の筋も捨てがたいが、何故か牟田は今回の依頼に、一抹の不安を抱いていた。 「所長ぉー、」  そんな懸念の最中に、ノックもなく不躾に相談室のドアが開き、 「依頼人、来られましたよ。…想像以上に若い女でしたよぉ」 「もう、何なの三條君、俺に何を期待してんの」  なぜか犬歯を覗かせ卑猥な笑みを浮かべる赤髪の男の下世話な態度に、牟田は一層深い溜め息を吐いた。
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