空豆ご飯は妻の愛

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空豆ご飯は妻の愛

「萩富久須美の名を私に言わせたいんですよね……」 「そうです。最後まで容疑者から外したのはなぜですか」 「わざとじゃありません。思いもよらなかっただけです……」  それだけ巧妙に中尾を騙していたということだ。 「私は逐一、萩富久須美に妻のことを報告していました。手芸教室に通っているとか、トラブルに巻き込まれたとか、不妊治療のこととか……。ほんの息抜きのつもりで、会社帰りに二人で飲みに行っていたんです。酔っぱらってしまうと、つい喋ってしまって……」  中尾はその都度、萩富久須美がスマホに何か書き込んでいると気づいていた。 「彼女は、いつも私の話を聞きながら、スマホに何か書いていました。何をしているのかと聞くと、友人とやり取りしているだけだから、話を続けてと言われて、聞き流しているから、夫婦の問題をぶっちゃけても大丈夫だろうと思っていたんです。だから、何でも話しました」 「実際は、聞き流していたんじゃなくて、メモを取っていたんでしょうね」 「そうかもしれません」 「そうやって、夫婦仲を引き裂こうとしたんだ」 「でも、私なんかに惚れていたとは思えない。体の関係もなかった。これは本当です。信じてください」 「そうですね。惚れていませんね」  遠慮のない相槌に中尾はガックリした。 「萩富久須美と奥さんは、長い付き合いなんですよね」 「妻の5年後輩と聞いています。10年以上は一緒に働いていたと思います」  それだけ一緒に働けば、曜子について自然と詳しくなる。 「奥さんのアプリに佐野圭人の名前で書き込んだのは、その人だと思います」 「え?」 「いくら匿名でも、身近な人間なら、写真などから特定が可能。愛犬の名前が『こまっちゃ』だったことも知っていたでしょう。さらに、中尾さんからの情報があればいともたやすい。萩富久須美は、夫の中尾さんでさえ知らなかった奥さんの情報を持っていたことでしょう」 「言われてみれば、そうかもしれません。でも動機は何ですか?」 「奥さんへの憎しみと怒りでしょう」 「なぜ? 二人の間に何かあったというんですか? 会社でも聞いたことはなかったが……」 「それこそが、萩富久須美が奥さんに抱き続けた負の感情が一方通行であったことの証明です。嫉妬、やっかみ、その他もろもろ。奥さんにも心当たりはないんです。萩富久須美が勝手に抱えている闇なんです。奥さんが佐野圭人と付き合っていた頃は、おそらく不幸に見えていてそれを感じなかった。ところが、風のようにあなたが現れて奥さんをつれていき、幸せにした。それがきっかけになったんじゃないかな」 「えー!」  本当に考えていなかったようで、中尾が心底驚いている。 「萩富久須美なら、奥さんを呼び出すことも可能でしょう」 「多分……。妻は、彼女をみじんも疑っていなかった……。昔の同僚でしかなかった」 「あなたの名前を使えば、嫌でも出て行きますよ」 「ああ!」  この時、初めて自分が利用されたのだと気が付いた中尾は、膝と両手を床について、まさにガックリの姿勢となった。 「奥さんは、あなたを愛していたから夜でも出て行った。そして、そこで妊娠を聞かされた萩富久須美が怒り狂って階段の上から突き落とした。これが、私が導き出した事件の真相です」  中尾は、言葉が出なかった。  一緒にいた時は、楽しい時間を過ごした。妻への愚痴を聞いてくれてとても救われた。だから、まさかと思っていた。
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