親父の娘(仮題)

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 朝10時24分。  ろくな人生やない。  スーツの男がそう呟いたのは、地下鉄の座席に腰を重く落とした時だった。  5両編成の列車には、ぽつりぽつりと乗客の姿があったが、みな歳をそこそこ取っている老人や髪色の明るい若い大学生くらいで、きちんとしたスーツを着た者は、居ない。  男は自分一人しか居ない車両の真ん中の座席のちょうど真ん中に小さくなって腰掛け、両脚の間に小さなアルミ製の黒いカートを挟み込んで、線路に合わせて蛇行する箱の中でぼうっと天井の吊り下げ広告を眺めていた。 『さあ、未来を掴みにゆこう』  私立高校のポスターには、明らかに作った笑いを浮かべて青空を指差す高校生たちの姿がある。  男はその広告が小っ恥ずかしいような、どこかうるさいような気持ちがして、薄目で覗いて視線の隅に追いやった。  暗い外よりも、明るい車内が映る車窓には自分の姿がある。銀色になった髪が所々混じった頭は、きっちりとセットされて、()れたスーツは少し光沢がない。  男は思い出したように首を絞めるネクタイを解いて、髪を掻き回して崩すと腕時計をしているのを忘れてスマホの時計を見た。  ロック画面に通知はない。 「どうすんねん」  男にとって、この空いたような時間は予期せず訪れた。
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