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「理仁。重い」
「失礼な。私を支えられて光栄ですくらい言ってもいいんですよ」
「ファンの思考」
「あなたは私のことが好きではないと?」
「嫌いじゃない」
素直じゃないですねと言って、私は好きですよと耳元に吹き込んでくる。”のんびりな洗濯機”と然程変わらない口調だ。嫌いじゃない。
吐息が耳殻を擽る。重い溜息に、理仁を見つめた。
「疲れてる?」
頭上で話していた声が近くなった。それと同時に、彼の指がボクの頸動脈を捉える。するりと撫であげ、首元に顔を埋めた彼の背中を擦っておいた。
ええ、少し。急にトーンが落ちる。
「疲れて、ますね。はい。ほら、新入生歓迎会も迫っているでしょう? 私が担当で、他にも生徒総会があって。やることだけは沢山あるんです」
「捌けてる?」
「一応は。けれど何かミスをしているかもしれないって思うと心配になります」
「珍しい」
「確認する手間を省いているので」
いまもこうしているうちに、何か重要な案件の期限が過ぎているかもしれません。なんてあまり口にしないような冗談を言ってきた。
「理仁は偉い」
頑張ってる、お疲れ様、すごい。そんな使い古されて誰もがパッと思いつく言葉を舌にのせ、ボクにとって精いっぱいの励ましを送る。
理仁は嬉しそうだった。
「晶は元気でした?」
「うん。アップルパイがおすすめ」
「ふふ、そうですか。校内だと中々会えないので、今日は少し新鮮です。昔はもっと気軽に話せたのに」
「また同好会作る?」
「んー……良い案ですが、きっとバレてしまうので。疲れで、少し寂しくなっただけです。話すことすら頻度が落ちるとは思いませんでしたから」
上品に口角をあげる。上を向き過ぎて首が疲れてきたところで、理仁がボクを反転させた。ホワイトボードが僅かに動いて、キャスターが軋み音を立てる。
向かい合う形になると、皆が美しいと褒めそやす顔立ちが、やや困ったように眉を下げた。
「思い出って美化されがちですが、昔はもっと伸び伸びと好きにしていたことは間違いありません」
「副会長にならなかったら何してた?」
「まあ仮定の話をしても現実は変わりませんが。そうですねえ、図書委員にでもなっていたかな」
「いまが辛い?」
「何気に楽しかったり、何だかんだ自分は副会長だと思っているんです。偶に疲れるだけで」
理仁が副会長になった時、妙に馴染んでいた。確かにそうかもしれないと頷く。
「晶にしか弱音は吐き出しませんよ」
だから周りには完璧な副会長として映るのだろう。
ホワイトボード。伸びる影。夕暮れの日は舂こうと、のんびり水平線に向かっている。
「でも、今だって良いものですよね」
そう言って、むいとボクの頬をひっぱる。別にもちもちして伸びるわけでもない、何が良いのかわからない肉を理仁は楽しそうに弄ぶ。
「晶」
優しい表情。副会長をしている理仁も、凛としていてかっこよかったけれど、肩の力を抜いているいまの方が見慣れていて好きだった。
目が合う。視線が交わる。何だか瞳がいつもよりきらきらしていて、距離をやや詰める。
機嫌が良いと言えば、理仁は少しの間だけ考える素振りを見せた。
「晶といるので、浮かれていると言ったら?」
「理仁と話せてボクも嬉しい」
「…………ぃ」
掠れていて聞き取れなかった。首を傾げると「不意打ちはズルいです」と拗ねたように言われた。
ズルい? 傾いていた首が更に角度を深め、ややあって理解する。
「理仁も嬉しい?」
「……あなたが思っているよりも、単純なので」
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