地球は緊急事態

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Rain dropsについてはnoteで散々書いた。なのにまた書くのかとこの記事を見た読者は呆れるだろう。ロックバンドRein dropsは東京ドームでの復活コンサートに失敗してから今もなお行方知れずで、メンバーの近況すら全くわからない。そんなバンドについて今更何を書くのか。あの頃は良かったねと思い出話でもしみじみ語るつもりか。しかしそんな昔はよかったね的な話をしたところであの二度のライブでの醜態の記憶は抹消されないだろう。そんなことは私だってわかっている。だけど私は未だに彼らを忘れられない。あの数々の名曲たちを。あの鮮烈なライブを。そして彼らが生んだ奇跡を。だから私はRain dropsを語り続ける。人にウザがられようとも。 今回私が語りたいのは、彼らRain dropsの暗黒時代の頃の話だ。皆さんご存知のようにRain dropsはシングル『少年だった』とアルバム『少年B』の大ヒットで一気に大ブレイクしたが、その急激な成功によるプレッシャーがバンドのソングライティングの殆どを手がける照山の心と頭を苦しめ、新曲が全くリリースされない状態に陥ってしまった。レコード会社やマネージャーは早く新曲を作れと催促したが、それがますます照山を苦しめ、とうとうスタジオにすら現れなくなってしまった。バンドのメンバーは照山にあらゆる方法で連絡を取ろうとしたが梨の礫だった。いつまで経ってもスタジオに現れぬ照山に業を煮やしたマネージャーが照山の自宅に押しかけてでも連れてくるとメンバーに宣言した時だった。突然スタジオのドアが開き、そこにタオルを巻いた照山が現れたのである。 皆が照山の下へと駆け寄った。ギターの有神は思い切って照山のタオルを巻いた頭を叩こうとしたが、照山は異様に険しい表情で彼をカッと睨みつけ「止めろ!」と一喝した。そして照山とメンバーは再会した喜びを分かち合っていたが、しばらくすると照山が妙に神妙な顔でみんなに向かってこう言った。 「みんなに迷惑をかけて悪かった。あまりにも色々ありすぎて自分でも対処出来なかったんだ。曲も書けなくなって、いっそ全てを投げ捨ててこの世から逃げ出そうかと考えたことだってあった。その度に僕は頭をブラシで叩いて自分に喝を入れたんだ。甘ったれるなってさ」 有神をはじめとしたメンバーは照山がこうしてバンドに戻ってきてくれたことに安堵の表情を浮かべた。これでバンドはもう安泰だと思った。すると照山がまた喋り出したのでメンバーは一斉に照山を見た。 「僕は家に引きこもっている間ずっとテレビを観てたんだ。主にニュース番組をね。そうしていろんなニュースを観ていると自分がいかに世の中を知らなかったことに気づいて唖然とさせられたよ。特に環境問題についてだ。みんなアマゾンの森が人によって焼かれているって知ってるかい? このままアマゾンの森が焼き尽くされたら森は消滅して、後に残るのは枯れた草が何本か生えた地表だけだ。一旦消えた森は決して再生出来ない。地球上にあるどんな物質を振りかけて地面を叩いてほぐしてマッサージしても失った森は二度と帰ってこないんだ。僕はそれを知ってショックを受けた。そして決意したんだ。この地球を守るためにできる限りのことをしようって!」 この照山の突然の環境活動家宣言にメンバーの反応は総じて否定的だった。ギターの有神は冗談を言っていると思い。ベースの草部は誰かに洗脳されたと思い。ドラムの家山は照山がおかしくなったと思った。照山はそんなメンバー前にして、今森を守らなければアマゾンの緑は消滅し、地球は二酸化炭素の充満する枯れた草が何本か生えた油まみれの大地になってしまうと激しく訴えた。そんな世界に向かって僕らができることは。ただ一つ歌うことだけだ! 「おい、照山いい加減冗談はやめろよ。俺たちは今アマゾンに関わってる場合じゃねえだろ! 今はバンドがどうなるかの瀬戸際だろうが! 目の前の現実から目をそむけるんじゃねえ!」 有神は思わず照山に向かって叫んだ。彼には照山が今のバンドの現状から逃がれるために環境問題に逃避しているように映ったのである。メンバーも同じことを思っていた。 だが照山はメンバーを見て激昂して叫んだのだ。 「僕はバンドの現状から逃れるために環境問題に夢中になったんじゃない! 僕はニュースでアマゾンの森の焼け跡の、枯れた草が露出した地面の映像を見て、自分の頭が引き裂かれるような苦痛を感じて思わず泣いたよ。そしてもう地球を救わなければ危ないと思ったんだ。僕はこれからはアマゾンの森を救うために曲を書くつもりだ。思えば外国のロックアーチストはみんな環境問題について歌っているじゃないか。ジャミロクワイだってそうだ。あんなジャミラかなんかわからない男まで環境問題を歌っているのに、なんで日本のアーチストは環境問題を正々堂々と歌わないんだ。試しに僕は一曲書いたんだ。聴かせてやるぜ! 僕の渾身の曲『地球は緊急事態』を!」 照山はそうメンバーに言い放つと、ギターを取り出して爪弾きながら一語一句噛みしめるように歌った。 『地球は緊急事態』 地球から森がなくなっている 49億歳の地球に突然起こったクライシス みるみるうちに木は抜けていくよ 一度抜けた木は二度と生えない 特効薬なんてありはしないんだ だから緑が残っているうちに 地球は緊急事態! 地球は緊急事態! 今すぐ救え 木の根を大地に繋ぎ止めろ 早くしないと地球は枯れた草がポツポツと生える 油まみれの大地になってしまうぞ! 地球は緊急事態 地球は緊急事態 今すぐ救え 木の根を大地に繋ぎ止めろ 「さぁどうだい? これで僕が環境問題に対して本気で考えているのがわかっただろ? 決して現実逃避なんかじゃない! その証拠に僕はこの曲を復活第一弾としてリリースするつもりだ。日本国民や世界中の人々がこの曲を聴いてアマゾンや地球の緑について考えてくれたらこんなに素晴らしいことはない。君たちこの曲を聴いてどう思った? 正直に聞かせてくれ」 有神が手を挙げた。そして本当に正直に言った。 「あのさ、曲は確かにいいんだけど、歌がどう聴いてもハゲのこと歌ってるようにしか思えねえよ。お前らもそう思うだろ?」 メンバーは有神の言葉に何度も頷いた。それを聞いて照山は何故か頭に巻いたタオルの結び目を締め直してから、タオル越しに汗をにじませメンバーに向かってお前らには地球が緊急事態なのがわからないのかと叫んだ。しかしメンバーは照山の言うことなど無視してハゲだ。ハゲだと勝手に盛り上がっていた。 メンバーは後の東京ドームライブで全ての真相を知るのだが、当時は照山が頭に大問題を抱えていることなど全く気づかずに仲間内の冗談で気安くハゲと軽口を叩いていた。照山はメンバーの笑いにショックを受けて、ギターを抱えてスタジオから逃げ出してしまい、再び引きこもってしまった。しかし彼は二度目の引きこもりの間、鏡で自分を見つめ直し、もはやどんなに足掻いてもあの頃の自分を取り戻せないと自覚して再びスタジオに戻ってきた。それから彼は自分の現状を正直に歌ったあのRain dropsの暗黒期の名曲『流れる糸』や『草の方舟』を書いたのだった。
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