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「――――あの時と今は違うから・・・。それに、僕はあなたのことをもっと知りたいんです」
「慈・・・。だが、ここはお前を―――――」
「もう過去の事です、木崎さん。――――――お願い、あなたのことを僕に教えて・・・?」
腰の引けている彼の袖をくい、と引っ張り、僕は彼を見上げる。
僕はもう何も怖くないよ。あなたがいてくれればそれだけで心が強くなる――――――。そう伝えたくて、僕は彼に向けて微笑んで見せた。
彼の表情が苦しげに歪み、次いで噛みしめた唇の隙間から、「――――すまなかった」、と言葉が漏れる。
僕は何も言葉にはしなかったけれど、俯いたまま緩く首を振る。そして、自分から先に一歩踏み出し、数年ぶりのその部屋の扉を開けた。
目の前に開けた室内を見て驚いた。「――――何も・・・変わってない」。僕は呟いて彼を見る。
「――――だから・・・元々俺の部屋だった、と言っただろう・・・」
どことなく恥ずかしそうに、彼は視線を彷徨わせる。
室内は、僕がここを出たあの日のまま、何一つ変わっていなかった。増えた物もなければ無くなっているものもない。家具の配置まで、そのままの状態で。そして、何より・・・。
「――――このお部屋に置いてあるものって・・木崎さんの好みなんですか・・・?」
「・・・んなわけあるか」
当時僕はまだ子どもだったから何とも思わなかったけれど、今ならこの部屋の違和感に僅かな笑みが浮かぶ。―――――この部屋は、大人の男性が暮らすには、あまりにも・・・ファンシーすぎる。
白を基調にした全て揃いの家具も、少し煤けた色合いのカーテンや壁紙のデザインも、ベッドこそダブルサイズのものだったけれど、とにかく全てにおいてそこが子供部屋であったことを主張していた。
恥ずかしそうに、不貞腐れたように彼は言う。
「――――この部屋は睡眠をとるためだけの部屋だ。ここで寛いだりしたことはない」
僕は尋ねる。「――じゃあ、僕がここにいる時、あなたはどこで眠っていたの?」
すると彼が無言のまま部屋を出て、柱が出っ張っていると思っていた壁の一部に触れて・・・。
「・・・ここで、お前を”視て”いた・・・」
そう言って僕に見せたのは、4畳ほどの小さなスペースに小型のモニター数台と、シングルサイズのパイプベッドだけが置かれた、酷く寒々しい部屋だった。
「―――ここに、5年も・・・?」
「あぁ。自分がもぐらかウナギにでもなった気分だったな。・・・・・・あ、いや・・・悪い・・・」
過去を思い出し、無理やり笑みを浮かべてそう言ったけど、ハッとした様に表情を改め謝ってきた。
僕は小さく笑い、首を振る。
「笑って、木崎さん。僕はもう平気だから、昔の事を笑って話そうよ。そうやって一緒に前を向こう?」
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