次につながるプロローグという名のエピローグ

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 すこしアイスクリームがとけてきたコーヒーフロートの中を、俺はストローの先でガチャガチャかき回す。  その振動で、冷えたグラスの表面の水滴がゆっくりとすべり落ちていく。  正面のソファー席にゆったりと腰掛け、テーブルを挟んでこちらをニヤニヤして見てくる表情はちょっとムカつくけど、俺は犬彦さんに関する相談を続ける。  「一番はじめにおかしいなって気づいたのは、ココアパウダーです」  「ココアパウダー?」  「あるとき兄が、ココアパウダーを持って帰ってきたんです。  知ってます? バンホーテンのココアパウダー、金色の缶に入ってるヤツ、あれめっちゃおいしいんですよ」  「そうなんだ? 知らないな」  「それをですね、バレンタインデーが少し過ぎたあとくらいに兄が持って帰ってきたんです、妙に上機嫌で…俺から見て上機嫌ってことですよ、たぶん他の人たちが見たらいつものポーカーフェイスにしか見えないでしょうけど…とにかく、上機嫌でうちのキッチンの調味料とか置く棚に置いたんです。  これ、好きに使っていいからな、って言いながら。  それでなんかおかしいなって思ったんです。  兄が自分の意思で買ってきたものじゃないなってことはすぐに分かりました、うちで使う食料品は俺といっしょに買いに行くことがほとんどで、兄が食材を一人で買ってくる…しかも普段は買わないようなものをピンポイントでふらりと買ってくるなんてことはないですから、このココアパウダーは他の人からもらってきたものなんだってすぐ分かりました、でも妙なんです。  いつもだったら他人からのもらいものを、これは誰々さんからこういう訳でもらったものだって、そう説明してくれるのに、そのときは何の説明もなくただ棚に置いただけ…いつもだったらないことです。  2月、しかもバレンタインデーの直後、これは他人からもらったものなんだろうなってことはピンときました、だけどいつもだったらもらった経緯を話してくれるのに、それを省略されたのは変だなって」  「ふむふむ」  「さらにはですね、ある日の朝、兄が俺の見たことのないネクタイをしていたんです、変でしょう!?」  「本妻である江蓮君の知らないネクタイをお兄さんがしていたと?  うーん、確かにそれは香ばしい案件だねぇ」  「だからそのキショイ言い方やめてくださいって。  兄はですね、自分の服装とかに無頓着で…ファッションとかにそんなに興味ないって意味ですよ、清潔な身だしなみには気を遣ってますけど、個人としてのこだわりとかは服に対して特別にはないって意味です、そんな兄なのにあるとき…バレンタインデーのあと、俺の知らないネクタイをしていたんです。  ブルーのネクタイで兄に似合ってたんですけど、これは自分で買ったやつじゃないなって見た瞬間にピンときました、兄が自分で選ぶタイプのデザインのネクタイじゃないなって」  
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