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「君が好きだ」
今をときめく女優さんと抱き合ってからの甘いキスシーン。私は泣きながら、リモコンの消すボタンを押した。
私を好き、と言った彼がまた誰かを好きと言っている。ドラマのセリフだって、嘘だって、分かってるのに……苦しい。それなら見ない方がいいんじゃない?って友達には言われるけど、楓の頑張っている姿を見たい。楓が大好きだから見てしまうのだ。
芸能人の彼女というものは、みんなこんな感じなのだろうか。あえて出演しているものは見ないのかもしれない。
彼の写真集を見つめ、表紙の頭を指で撫でた。私たちは幼なじみで、東京のデザインの専門学校に行く為に一緒に上京した。こっちに来るまでは、一緒にアホが出来る友達みたいだったのに……お互いのアパートを行き来する様になり気になり出した。
楓からの「好き」と言うタイミングが、3秒ほど私より早かった様に思う。付き合いたての頃は恥ずかしくて気まずかった気がする。突然、友達から恋人になったのだから。
それから私たちの付き合いは続き、就職活動中に楓がスカウトされた。新しいアイドルグループのメンバーにならないか?と。芸能界なんて興味もないのに「すぐ辞める」と言って、始めてみたら人気が出てしまい……辞めるに辞めれなくなってしまい今に至る、というワケだ。
楓は今仕事が忙しくて、休む暇すらない。1か月に約1回の休みは私の為に使ってくれる。外にはなかなか出れないから、私が変装して会いに行く。昔みたいにゆっくりデートなんて出来ない。
「香坂さんどうしたの?」
「別に何にも」
私は代官山のカフェで働いている。雑誌を整理している私の横に一緒に働いている中山くんが屈んだ。彼の持っている雑誌の表紙は楓だった。
「最近この人、人気だよね?アイドルなのに俳優とかやってる」
「うん……」
「恋人にしたいランキング1位取ってたよね」
え?そんなランキングの1位なんか取ってたんだ。知らなかったよ。
「まさか、香坂さんもファン?」
「え?」
顔がボッと染まった。
「香坂さん、分かりやすっ!こういう人がタイプなんだ」
「えー?そんなわけないよ。チャラチャラしてそうじゃん?もっと大人っぽい人が好き」
うそだ、チャラチャラなんてしてない。そういう風に見えるけど、意外と一途なんだ。
たぶん、だけど。
会う度に好きって言われて嬉しかったけど、今はなんか違う。私より可愛い子なんて周りにたくさんいる。芸能人や女優さんなど。一般人とは違うオーラがあって、身近で見るともっと可愛くて綺麗だろう。きっと言い寄られる事もあるはずだ。そんな人たちに言われたら、さすがの楓でも断れないだろうな。アイドルになるって決めた日から分かってたのに、私はずーっと不安の波に呑まれたままだ。
「香坂さん、一緒に帰ろ?」
「うん、いいよ」
今日は星が綺麗な夜だった。中山くんと並んで公園に差し掛かると「ベンチに座って話せる?」と言われ、一緒に腰を掛けた。
「香坂さんて彼氏いるの?」
「え?」
「あー、何か最近ぼけっとしてるからいるのかなって……」
そんなにぼーっとしてたのかな?
最近あんまり眠れないしな。
「さっきのアイドルの彼と付き合ってたりなんかして」
「えぇっ、?!」
「香坂さん、顔真っ赤だよ?大丈夫?冗談に決まってるじゃん!」
はー、バレてるのかと思った……良かった。
「そんなに彼が好きなの?」
中山くんが真剣な眼差しを向けてくる。
「何言ってるの?そんなわけ……」
「香坂さんが好き」
その声が届くと同時に抱き締められた。彼の体は震え、早くなった鼓動も感じる。
胸がギュッと痛くなった。
楓は私が欲しいと言ったものはすぐに買ってきてくれた。ケーキも、服も、指輪も。
でも、本当はそんな物欲しくなかったんだ。
普通にデートして、普通に恋愛がしたかっただけなのに。
煌めく星屑を見上げながら、中山くんとならそんな願いが叶うかもしれないと思った。
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