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【本日も社畜なり】
誰もいなくなった社内に、藤井紗栄子が叩くキーボードの音だけが響く。
小さなため息が出た、やってもやっても終わらない。
建築関係の会社の事務だ、元は3人でやっていたがひとりが12月頭から産休に入った、それはあらかじめわかっていた事なので派遣をひとり雇い引継ぎもある程度はできていたが、そこへもうひとりの先輩にあたる社員が、事故で入院することになってしまった。
また派遣を入れようかというありがたい提案を紗栄子は断っていた。ふたりの派遣に仕事を教えながらでは業務が進まないと判断したのだ。
それを今、少しだけ後悔している。月末の繁忙期に少しでも仕事を預けられる相手がいるだけでどれだけ楽だったろう。12月に入ってからの3週間近く、残業続きでまともに眠れない日々が続いている。体は悲鳴を上げかけているのがわかる。
しかしあと二日出勤すれば正月休みだ、それに期待を寄せつつクリスマスの夜に残業をしているのが惨めに感じるのは、5歳年下の営業部の女が「デートなんですぅ」と定時退社したせいかもしれない。
いやいや、自分も20代半ばなど、仕事に彼氏にと充実していたではないかとと懸命に慰めても虚しいばかりだった。
エンターキーを叩いた時、引き出しの中でスマートフォンが鳴り響いた。開いて見えた名前に安堵する、事故で入院している先輩社員からだった。
「はい」
『紗栄ちゃーん』
心配そうな声に、紗栄子はむしろ申し訳なく思う。
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