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「でもその解剖、執刀したのは烏眞先生だと言いましたよね。どうしてセンター長が遺族に説明を?」  ふと素朴な疑問が脳裏を掠めた。先ほどの電話対応の様子だと、先方は執刀医である莉緒を指名したのでは? 「う~ん。本来は執刀医が出て行くべきなんだけど。莉緒ちゃんは込み入った話が苦手だからね、穏便に事を勧めたい場面には極力同席させないようにしてるの。火に油を注ぐと言うか……あの子、言葉をオブラートに包むのが下手でしょ」  遠嶋さんが苦笑う。おそらく、莉緒はオブラートの存在意義すら理解できないだろう。躊躇なく火中に爆弾を放り込むような性格だからな。 「ははは……まぁ、そうですね。彼女の辞書に忖度と言う単語は載っていなさそうですから」 「ホントね、そこに幸司さんも頭を痛めてるよ。刑事事件の場合、警察や検察に意見を求められることが度々あるんだけど。以前ちょっと揉めちゃってねぇ」 遠嶋さんの語調と表情から苦労が読み取れる。それに反して好奇心に火が点いた俺は、目を輝かせ無遠慮に訊いてみる。 「揉めた?誰と?どんな風に?」 「検事さんと。莉緒ちゃんたら『起訴云々に興味はない』とか、『おまえの功績のために仕事をしている訳ではない』とか、果ては『無能な奴と話するだけ時間の無駄』だって、木で鼻を括るような態度を取る始末で。相手が検事だろうが弁護士だろうがお構いなしだから、こっちはヒヤヒヤしっぱなしよ」  流暢に語った彼女は大きなため息を落とし、応接テーブルの上に珈琲カップを置いた。  警察のみならず、検事までもが莉緒に手を焼いているとは。胸に金バッジを付けたエリート達と対峙しながら、「無駄に時間を弄した」と突っ撥ねる無表情の莉緒が目に浮かぶ。 「それ以降、厄介な事案や法廷など公の場には、責任者である幸司さんが出て行くことにしてるのよ。自身が執刀していない御遺体でも、幸司さんは全ての結果に隈なく目を通してる。幸いなことに、さっき連絡のあった解剖には彼も携わっているから、上手く事を納めてくれると思うわ」  彼女は俺と対面するソファーにドスンと腰を下ろすと、テーブルの中央に置かれた菓子に手を伸ばした。掴み上げたのは、大きな栗が丸々入った白餡の饅頭。莉緒と遠嶋さんの好物だそうで、週に二度は駅前の老舗和菓子店で購入しているらしい。彼女は饅頭をひっくり返しビニールを剥がし始めた。 「今は周囲の人達にフォローされていても、ゆくゆくは烏眞先生がセンター長の後継者になる訳ですよね?」  問いを口にする俺はカップから立ち上る湯気を吹き、ゆっくりと珈琲を啜った。深い苦みと爽やかな酸味が口内に広がり、芳醇な香りが鼻に抜けていく。 「ええ、そうよ。ここの運営が安定したら全権を莉緒ちゃんに委ねて、引退した後は好きな庭弄りをしながら、のんびりと余生を過ごしたいんですって」 「なるほど。だとしたら、センター長も色々と心配でしょうね。肝心かなめのスタッフも定着しないし。相続者である一人娘があんな奇……じゃなくて、口下手で」 ――やばいやばい。危うく奇人だと口を滑らせるところだった。 間を継ぐように珈琲をもう一口、二口と喉に注いだ。 「そうなの!だから莉緒ちゃんには来栖先生が必要なのよ!」  唐突に声を上げた遠嶋さん。残り僅かとなった饅頭を口に押し込むと、席を立ってこちらに向かって来る。 「へっ!?」  意表を突かれ目を丸くする。ふと饅頭を食うのに水分無しで大丈夫なのかと気になりもしたが、どうやら栗と白餡は無事に食道を通過したようだ。 「あなたならきっと大丈夫。伊織さんとの会話を聞いて確信したわ」  俺の手からカップを奪った彼女はそれをテーブルに置き、俺の両手を握り締めた。
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