プロローグ

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プロローグ

  199●年3月15日。  山々に囲まれた小さな町は、見渡す限り一面、真っ白な雪に覆われている。それは水墨で描いたような冬景色。暮れかかる空は大粒の雪を散らし、灰色の雲は静寂が漂う集落を見下ろしている。  白銀の地に刻まれる二人の足音。視界が霞む行く先には、新雪を轢過した真新しいタイヤ跡と、幾多の足跡が続いている。 「先生!ここに溝が有るので気をつけて下さい!」  先導を取る大柄な男が、背後に向かって大声を張り上げた。三十代半ばとおぼしきその男は、紺色のウインドブレーカーを羽織り、県警の文字が入った黄色の腕章をつけている。今回の殺人事件を担当する、警察官の一人だ。  白い息を昇らせ警官の後を追うのは、黒縁眼鏡をかけ、焦茶色のダウンジャケットに身を包む四十六歳の男。闘病中の妻が編んだ柿色のニット帽には薄っすらと雪が積もり、首元からは医師の象徴である白衣の襟端が覗く。  小さな診療所を営む(からす)() (ゆき)()は、数年前、東京からこの過疎化した土地へと移住した、唯一の医師。町民の診療は勿論の事、最期の看取りから死亡診断書の作成までを担っている。  そして、不審な死を遂げた者に対しては、警察から依頼を受け検死にも立ち会う。つまり、そこに犯罪性が疑われるか否かを判断するのも、解剖医の資格を持つ烏眞の重要な役目だ。
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