嘘つきロボット

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 うちにはロボットがいる。  ロボットといっても一般的にイメージされる手と足があって、動き回るやつではない。  うちにあるのは、箱型のものだ。上面に液晶画面が埋め込まれていて、手足なんてものはない。ラジオぐらいの大きさだから、置き場所にも困らない。ロボットというよりAIアシスタントと言ったほうな良いのかもしれない。  最近流行りのスマートスピーカーが気になっていた私にとってピッタリの品だった。ある一点を除いては──。 「処分しようと思ってた試作品なんだけど、必要ならプレゼントするよ?」  電機メーカーに勤める友人からそう言われたのは一ヶ月ほど前のことだ。  最近見たドラマの主人公がスマートスピーカーを使っているのを「便利そうでいいな」とボヤいた私に彼が言ったのだ。  私はその提案にとびついた。別にスマートスピーカー自体が買えないほど高いものというわけではないが、タダでくれるなら越したことない。 「ただ──」  興奮する私をいなしながら、彼は気まずそうに続けた。 「その試作品、少しクセがあるんだ」 「クセ?」  彼は困ったというふうに頷いた。 「嘘をつく」 「嘘? ロボットが?」  唖然としている私が彼のメガネに反射している。 「今、うちの会社で開発中のアンドロイドに搭載するための人工知能を作ってるんだけど、その副産物なんだ。より人間的にって開発を進めていったら嘘しかつかないロボットが完成してしまった。さすがにそんなもの商品化はできないから処分することになったってわけ」  ということは不良品ってことじゃないのか?  私の心配を察したのか、彼が笑顔を取り繕う。 「大丈夫だよ。嘘はつくけど品質としては保証するよ。したいことの逆を言えば普通に使えるよ。例えば電気をつけたいときには『電気を消して』って言えばいい。クセは強いけれど、慣れるよ」  彼の言う通りかもしれない。そもそも無料の品だ。それぐらい不具合があっても仕方ない。私はその試作品のロボットを譲ってもらうことにした。  ロボットの使い心地は上々だった。ロボットの嘘にまみれた回答を頭の中で変換するのは面倒だったが、友人が言うようにすぐになれるだろう。  ただ、急いでいるときや慌てているとき、ロボットが嘘をついていることをうっかり忘れて天気予報を聞いてしまい、ずぶ濡れになるということが多々あった。使いこなせるようになるのはまだまだ先のようだ。  今日も家を出るときに電車の運行情報を訊くと『電車ニ遅レガ出テイマス』と無機質な声が返ってきた。  私は慌てて支度をして駅へ急いだ。するとどうだ。電車は遅延なんて一切なく定刻通りに走っていた。そのおかげでいつもよりも早く会社に到着したぐらいだ。  それにしても人間っぽさを追求した結果、嘘しかつかないロボットができたというのは皮肉なものだ。  人は嘘をつく。その嘘は、相手を思うが故につく優しい嘘もあれば、人を不幸にする悪い嘘もある。それをロボットが真似するようになれば一体私たちは何を信用すればいいのだろうか。  そんなことを考えながら歩いていると、自宅マンション見えてきた。あそこの五階に私の部屋がある。  郵便受けから夕刊やダイレクトメールを取り出す。その際、住人向けに設置された掲示板が目に入った。ゴミはルールを守って出しましょう、だとか、近所で空き巣が多発しているので戸締りをしっかりするように促す張り紙の他に、エレベーターが故障中だという旨の文書が『緊急』という赤字を頭にして張り付けられていた。 「……嘘だろ⁉︎」  エレベーターの前まで行くと『故障中』の札がかかっていた。今から五階まで階段を登らなければならないのか……。肩の辺りが一気に重くなった。  息を切らしながら五階まで登りきる。最近運動不足だったことを心から反省した。それにしても最上階に住んでいなくてよかった。  自宅の前までたどり着き、鍵を開けようとした時、ふいに違和感を感じた。  ドアノブを握り軽く引くと、ドアはいとも簡単に開いた。背中を氷柱で撫でられるようにゾクリとした。  ──鍵を閉め忘れた!  そういえば今朝は慌てていたから鍵を閉めるのを忘れていたのかもしれない。いや、忘れていた。鍵をかけた記憶がない。  さっき掲示板で見た『空き巣多発』の張り紙が脳裏を過ぎる。  急いで中に入った私は息を呑んだ。  部屋中が嵐にあっんじゃないかというほど、ありとあらゆるものが散乱していた。食器は割れ、引き出しはすべて飛び出していた。趣味で集めているプラモデルもバリバリに砕け跡形も無くなっている。  私はショックのあまりその場に立ち尽くしてしまった。 「──け、警察に電話!」  その時、押し入れから物音がした。一瞬、“頭に鉢合わせ”という言葉が浮かんだ。生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえてた。  ──犯人はまだここにいるんだろうか。  泥棒と鉢合わせしたせいで殺されてしまった、とニュースを聞いたことがある。もし殺されなかったとしてもケガは避けられないだろう。相手だって必死なのだ。  背中を嫌な汗がつーっと流れるのを感じる。  ちょうど視界にロボットが目に入った。そうだ、ロボットに訊けば一発だ。私は恐る恐るロボットのもとに移動し、小声で尋ねた。 「犯人はどうした?」  ロボットは不自然な電子音の声で答えた。 「逃ゲテイキマシタ」  よかった、もう安心だ。
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