セイシノハナ

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 山菜採りに来てた老夫婦が,谷底でひっくり返っている自動車を発見した。車から少し離れた砂利の上に運転手であろう男の遺体が転がり,腹から腸が飛び散り全身の粘膜から体液が溢れ出していた。    男の身体から漏れる糞尿と腐敗臭に混じって,谷の中腹にある満開の栗の花から溢れる異臭があたりを埋め尽くし,風に揺れる綿のような栗の花が開くたびに,男の遺体から体液が溢れ出した。  清らかな谷を不快な異臭とともに白い小さな花が遺体を埋め尽くしていくのを見るのは,老夫婦にとっては初めてではなかった。毎年,栗の花が開くこの時期になると,この場所に引きずり込まれる者が必ずいた。 「ああ……今年もまたか……」  車が滑るように侵入していった場所の近くには,かつてはお地蔵様であったであろう複数の黒く変色した小さな石の塊が,目立たない場所に設置されていた。古い崩れかけた石段には玩具やお菓子が供えられていたが,そんなお供え物を拒否するかのように,栗の花が開く季節になると男を引きずり込んでは身体を潰し体液を撒き散らした。 『ふふふふ……』  満開の栗の花が老夫婦を包み込むように咲き乱れ,まるで老夫婦を吟味しているかのようにまとわりついたが,散った花びらは枯れた肌に留まることなく風に乗って宙を舞った。 「くっせぇ花だ……こいつのせいで野生動物が遺体を喰わないのが唯一の救いかも知れねぇけど……」
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