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モンブラン
長引くコロナ禍のせいで好きな旅行に行けない日々が続き、最近は図書館に行く頻度が増えている。
先日も散歩がてら、借りた本を返しに向かい、今日は何を借りようかなどと考えながら、司書カウンターに返却する本を持っていくと、もう顔見知りになってしまった司書さんが会釈で対応してくれる。
その時に気付いた。
(青木…)
司書さんの左胸に付けられた名札に書かれた名前。
昔あった出来事を思い出した。
「あのさ、本屋とか図書館にいると、うんこしたくなるって話あるじゃん」
そこそこ大きな声で、隣の席くらいには聞こえただろう。
「喫茶店でそういう話、あんまり大きな声で言うなよ」
ちょっと慌ててたしなめる僕の動揺も意に介さず、彼女は好物のモンブランを食べながら続ける。
「知ってる? ってか、なったことある?」
「何が?」
「だからさ、本屋とか図書館にいるとーー」
「だから止めてって。あるよ、ある。本屋に行くと、何故かトイレに行きたくなった事ある」
「ふふーん、あの謎の現象ってさ、ちゃんと名前付いてるって知ってた?」
「そうなの? 知らない」
役に立ちそうもない雑学ばかり知ってる人。彼女の印象を一言で言うなら、そういう感じだ。そしてその雑学を披露した相手が、それを知らなかった時、彼女はとても幸せそうに笑う。
僕はその彼女の笑顔に、正直惚れている。
「『青木まりこ現象』っていうのよ」
司書の青木さんと軽い挨拶を交わして、僕は図書館を出た。今日の収穫は歴史小説二冊。
(図書館に青木さん、か)
帰って彼女に聞かせたら、また笑うだろうか。
モンブランを買った。
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