花華院北棟鐘楼

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花華院北棟鐘楼

「私、一族を抜けますわ」 お屋敷の鐘楼へと続く長い螺旋階段の中腹。伝統の水色の制服姿で一緒に上っていた4姉妹は、最年少である「もあ」の突然の告白に、はたと立ち止まった。 「あなたも???」 あやめ、そら、りじゅの3人の姉は、振り返るや見事なユニゾンで驚きの声を上げた。 「……理由をききましょう」 三女のりじゅが、緩やかなウェーブのかかった長い黒髪をかきあげた。 「もうこの階段をのぼるのに飽きましたの」 「何を今さら……」 困惑するりじゅの代わりに、赤髪を束ねた長女あやめが言った。 「ダイエットにもなるって、自分でも話してたじゃん」 「…………」   もあは唇をすぼめて黙ってしまった。 「もしかして……想い人が?」 「へっ!?違いますわ」 見透かすような大きな瞳で鋭く指摘するそらに、もあが頭を横に振った。 「あら、そういうこと」 「お年頃だもんね」  りじゅとあやめが口元を軽く押さえて微笑んだ。 「否定したんですけど」  もあの瞳が翡翠のような光を放ち、足元から太い血管のようなものがみしみしと階段に張り出す。 「怒るところがあやしい」 「責めてるわけじゃないのよ?」 「落ち着きなよ。ここで『発芽』させてもしょうがないでしょ?」  そらが瞳から紺碧の光を放ち、りじゅの瞳からは深紅の光が。あやめの瞳から黄玉の光がスッと迸(ほとばし)る。 ごおーん、ごおーん、ごぉーーん 階段をぶるぶると振動させるほどの鐘の音が鳴り響いた。 「とりあえずその話は後で。急ごう」 そらが言い、姉妹らは胃腸に頷いて階段を急いだ。 かつて日本に存在した貴族階級「華族」。 1947年に華族令が公布され、階級制度自体が廃止になったが、特例で非公式に存在を容認され今もなお存続している華花院(はなかいん)一族のことを知る者はごく限られている。 全て女性と定められた花華院に、血のつながりは必要ない。才能ある者のもとにお屋敷への招待状が届き、己の使命を知るのだ。
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