0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
花華院北棟鐘楼
「私、一族を抜けますわ」
お屋敷の鐘楼へと続く長い螺旋階段の中腹。伝統の水色の制服姿で一緒に上っていた4姉妹は、最年少である「もあ」の突然の告白に、はたと立ち止まった。
「あなたも???」
あやめ、そら、りじゅの3人の姉は、振り返るや見事なユニゾンで驚きの声を上げた。
「……理由をききましょう」
三女のりじゅが、緩やかなウェーブのかかった長い黒髪をかきあげた。
「もうこの階段をのぼるのに飽きましたの」
「何を今さら……」
困惑するりじゅの代わりに、赤髪を束ねた長女あやめが言った。
「ダイエットにもなるって、自分でも話してたじゃん」
「…………」
もあは唇をすぼめて黙ってしまった。
「もしかして……想い人が?」
「へっ!?違いますわ」
見透かすような大きな瞳で鋭く指摘するそらに、もあが頭を横に振った。
「あら、そういうこと」
「お年頃だもんね」
りじゅとあやめが口元を軽く押さえて微笑んだ。
「否定したんですけど」
もあの瞳が翡翠のような光を放ち、足元から太い血管のようなものがみしみしと階段に張り出す。
「怒るところがあやしい」
「責めてるわけじゃないのよ?」
「落ち着きなよ。ここで『発芽』させてもしょうがないでしょ?」
そらが瞳から紺碧の光を放ち、りじゅの瞳からは深紅の光が。あやめの瞳から黄玉の光がスッと迸(ほとばし)る。
ごおーん、ごおーん、ごぉーーん
階段をぶるぶると振動させるほどの鐘の音が鳴り響いた。
「とりあえずその話は後で。急ごう」
そらが言い、姉妹らは胃腸に頷いて階段を急いだ。
かつて日本に存在した貴族階級「華族」。
1947年に華族令が公布され、階級制度自体が廃止になったが、特例で非公式に存在を容認され今もなお存続している華花院(はなかいん)一族のことを知る者はごく限られている。
全て女性と定められた花華院に、血のつながりは必要ない。才能ある者のもとにお屋敷への招待状が届き、己の使命を知るのだ。
最初のコメントを投稿しよう!