花華院北棟鐘楼

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螺旋階段を上りきり、4姉妹が左右2人ずつに分かれて重い鉄扉を開けると、全高4.5m全幅4.8m。多種多様の植物が刻印された土偶を思わせる鐘「華花鐘(かがしょう)」が姿を現した。 夕暮れの風の吹きぬける眼下の林の先にある街並みから、こちらに気付く者はいない。2500坪あるお屋敷全体が、周囲の木々が織り成す視覚トリックによって隠されている。 「もあ、どこみてるの?」 「はい」 あやめに注意され、鐘を囲うようにして立つ姉妹たちに倣って、定位置に立つもあ。 空のグラデーションがみるみるうちに群青へと染まってゆくにつれ、鐘の刻印と4姉妹の瞳が発光虫のようにゆらゆらと輝き始める。 ごおん、ごおん、ごおおおおおおお… 鐘が鳴り響き、最後の音が歪んだのと同時に世界も歪み、4姉妹が立つ鐘楼を丸ごと飲み込むように、鐘を中心に世界がべろんと「反転」した。 そこにあるのは完全な闇と静寂。 暫くすれば目が慣れてぼんやりと輪郭が見えてくる………ということもない。 しかし4姉妹に恐怖はない。お互いの存在を感じているし、胎内にいるような温かみがある。ここは地球の「内側」なのだ。 闇に8つの光が灯る。4姉妹の瞳の光。 「はぁ……。もしこの姿見られたら、友達も逃げちゃうよ」 もあが不満をもらし、あやめが言った。 「目が光るってだけじゃん。仮に見られたら、蛍光カラコンとか適当に誤魔化せば信じるって」 そらが「しっ!お喋りしてる暇、なさそうだよ」と注意し、りじゅが「今日は早いわね」と呟いた。 うっすらと発光する毛細血管のようなものが4姉妹の全身から「発芽」した。足元からにゅるにゅると伸びていくその「根」は、姉妹の立つ四隅の中心に集まり、それはみるみる巨大な樹木を形成して、闇の世界の空を覆い尽くした。 「何度見てもクリスマスツリーよねこれ」 「世界樹の一部を行事の飾りと一緒にするなんて」 「でも、ねえ?」 あやめがそらに注意され、りじゅともあに同意を求めるも、「まぁ、そうね」「似てなくもないかな」と濁された。 ざざ………ざざざざ…………… 小雨のような音がし、光の枝から螺旋を描いて光の果実のようなものが無数に垂れ下がってきた。 「我ら花華院の名のもとに!」 そらが勇ましく掛け声を発し、4姉妹は血管のように全身に伸びていた根を変化させ、それぞれ全身に異なる植物をモチーフにした光の鎧を形成し、大樹を中心に外側を向いた。 そらはサンカヨウ。りじゅはキャンドルウッド。あやめはアヤメ……ではなくハルパゴフィズム。もあはシメコロシノキ。 「もっとカワイイのに変えたいな……」 呟くもあに、あやめが正面を向いたまま言った。 「新しい種植えるの大変だし、もあの『華力(かりょく)』強いじゃん」 「強さならあやめちゃんもでしょ?『悪魔の爪』カッコいいから、交換してよ」 「無茶言わないでよ……あ、来た」 光の果実は直径1mほどの大きさまで肥大化したところで、自重に耐えかねて次々と落ちてくる。 実のひとつがりじゅの目の前30cmのところを落ちた。光の種のなかに細かく渦巻く小さな虫の醜悪さに、りじゅが思わず「うっ」と顔をそらす。 「負けないでりじゅ。『割れる』のを見逃したら大変」 そらに心配され、りじゅが姿勢を戻した。 「また増えてない?」 「ステイホームでネットやる人が増えたのが影響してるかも」 「狩りきれないよ…」 「やれるだけのことをやるしかない。わたしは逃げない」 そらの宣言に、大樹を挟んで真後ろにいるあやめが言った。 「うちらも逃げないから」 りじゅも頷き、もあも少し迷った後、小さく頷いた。
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