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戦地から戻ると、家は空襲で焼け落ち家族はいなくなっていた。庭の隅っこの宵待草だけを残して……。
綺麗な満月が、空襲で焼け落ちた家をくっきりと照らしていた。
「なんてことだ。やっと帰ってきたのに……」
軍服姿の男はがっくりと膝をつく。
残っていたのは野菜畑と、家に向かう道の入り口に、ポツンと残った郵便受けだけだった。
戦争の始まる前は、一面が花で覆われた庭だった。食料が不足して、母の大事にしていた牡丹や石楠花の代わりに、さつまいもや、かぼちゃ、大根が植えられたのだ。
そうまでして戦い続けた挙句がこれなのか?
「母さん、父さん、姉さん……」
読んでも返事はない。水をもらえずに枯れた畑の萎びた菜っ葉が、風にカサカサと鳴るだけだった。
ふっと畑の端っこに黄色いものが見えた。宵待草だった。
月の出とともに咲きだす夜の花。姉の好きだった花だ。
――待てど暮らせどこぬ人を 宵待草のやるせなさ
蕾が小さく身をよじる。ふるり、ぽん。
ふるり、ぽん。
ふるり、ぽん。宵待草が花ひらく。
男は花に手を伸ばす。その手が花を突き抜けた。月が雲に隠れ出す……。
――今宵は月も出ぬそうな
朝になった。郵便配達が一通の手紙を持ってやって来た。
家の前に立つと、ちょっと考えてから郵便受けに手紙を入れて帰っていった。
それは南方に出征していた、この家の長男の戦死を知らせる手紙だった。
日が中天に登る頃、宵待草は首を垂れ、静かに花の命を終わらせた。
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