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一目惚れだった。
忘れもしない、小学五年の夏。
花火大会の夜。
その子は水色の浴衣を着て、ベビーカステラの屋台の列に並んでいた。
ちょうど彼女の後ろに並んでいた狭野笙悟は、最初は気にも留めていなかった。
目の前に中学生くらいのお姉さんがいる、とだけ認識していたが、背中側しか見えなかったため、目を合わせることもなければ言葉を交わすこともなかった。
けれど、やがて列が進んで彼女が先頭に立ったとき、初めて違和感を覚えた。
せっかく順番が回ってきたというのに、彼女はいつまで経ってもカステラを買おうとしないのだ。
(? どうしたんだろう)
無言で突っ立ったままの様子を不審に思ったのか、カステラを焼いていた屋台の男性も、訝しげにこちらを見る。
そして、
「どうした、坊主。買わないのか?」
「……えっ?」
あろうことか、男性は目の前の客には見向きもせず、そのすぐ後ろにいた狭野に声を掛けてきたのだ。
「え、あの。だって、こっちのお姉さんの方が先に……」
戸惑いながらも、目配せするように目の前の背中を見上げると、彼女もまたゆっくりとこちらを振り返る。
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