須藤、決意す

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須藤、決意す

「あぁ、こんにちは。たいちです」 須藤は、弥生の実家に電話をかけている。 拓也と語り合い、兄たちにも相談し、須藤は熟考した。 そして、結論を出し段取りを決め、踏み出した。 哲平にはまだ何も伝えていない。 何故なら、哲平の想いは分かっているからだ。 「先日、弥生さんが思わぬことを口になさって」 須藤がここまで言うと、弥生の母が 「私たちも聞いているわよ」と答えた。 「ちょっと、ご両親とお話ししたいと思いまして」 「良いわよ、それじゃ・・てっちゃん預かる日にいらっしゃい」 電話を切って、須藤は何に優先順位を置いて話すべきかを考えた。 先ずは、弥生の将来についてであろう。 適齢期はとっくに超えているのだから 良縁があれば直ぐにでも嫁げばいいし そこに「出産」などと言う汚点を付けてはならない。 須藤が娘を持つ親なら、当然そう考える。 (うん、そこだな) そして、須藤は「その日」を待った。 室伏家に到着すると、雛子が須藤を迎えた。 奥から雅哉がトコトコと歩いて須藤の元に来ると 「た・・いちゅ」と片言で須藤に呼びかけた。 本人は「たいち」と言っているつもりであろう。 「あぁ、まーくん、ごめんね。抱っこはお手て洗ってからね?」 「たいちさん、こんばんは」 「うん、哲大は良い子にしてた?」 「はい、もうデーンと構えて、ウチでは社長って呼ばれてます」 「アハハ!そりゃ、いいや」 「たいちくん、おかえりなさい」 「お母さん、いつもありがとうございます」 「早く上がって」 リビングに入ると、室伏の父が哲大を抱いていた。 「おぉ、たいちくんお帰り」 「ただいま帰りました。お父さん重くないですか?」 「うん、重い」 今野の父と違って、この父は寡黙である。 建築家と言う職業柄もあるのだろうか 口数が少なく、喜怒哀楽が分かり辛い。 それでも、孫を抱いている時だけは 幸せそうなオーラを放っているのが分る。 哲大を妻に渡すと、父は須藤を(いざな)った。 リビングのソファーに腰かけると 父は、須藤を制して話し出した。 「たいちくん、何も言わないで弥生の願いを叶えてやってくれ」 「でも・・」 「いや、でももしかしも受け付けないよ。 たいちくん、自分の子欲しいだろう? うん、欲しいのは分かっているから言わんで良い」 「あ・・・」 父は、須藤の言い分を聞く気がなさそうだった。 「弥生の結婚については気にしなくて良いよ。 アイツは、きっと自分で探してくる、そういう子だ」 「はい・・」 「それにアイツは嘘や誤魔化しが大嫌いだろ?」 「えぇ」 「だから、納得済みの男を見つけてくる。これは確信だ」 「それで、お父さんはお母さんは、宜しいんですか?」 「良いよ、ウチの娘たちは、とっくに親を凌駕してるだろ? 俺は、どの娘も立派な人間に育ったと自負してるんだよ」 「そう・・ですか」 「参ったな」と須藤は思う。 こちらが聞こうとしていたことの答えが 父の口から、次々と紡ぎ出されるのだから。 「断ったりしないでくれよ?それは俺たちの自負を否定する所業だ」 「分りました・・」 父は、ホッと溜息をつくと表情を緩ませた。 「後の段取りは、君たちに任せるよ。医者が二人もいるんだから 外野が騒ぎ立てることは何もない」 「はい」 「弥生は、大好きな二人の兄たちに子どもを貰って欲しいんだと。 結婚したら、ポコポコ子供産むって言ってるよ」 「そうですか」 「さて、もうこの話しは終わりだ。いいな?」 「はい、お心遣いありがとうございます」 「いや、心遣いなら君から先にくれただろう? 俺たちは、君を尊敬してるんだ、心底ね」 須藤は、この父がこんなに喋るのを初めて見た。 何と雄弁なことか、と知らず知らずに笑みが浮かんだ。
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