穴があったら入りたい

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相変わらず日々は過ぎる。 時々喧嘩もしながらそれでも上手くやっている、ちょっと変わった事といえば家族が増えた。むつみの誕生日にセリが連れて帰ってきたのは毛色がチョコレートブラウンのメインクーン、名前は見た目そのままにチョコにした。迎えた時は小さかったチョコも、抱き上げると笑ってしまうくらいすっかりどっしり大きくなった。ずっと前にセリが言った言葉が現実となり二人と一匹で楽しく暮らしている、夢見たいな本当の話しだ。 そういえば、あれからちゃんと両親にも会いに行った。久しぶりに会った両親は、セリと並び座る息子の姿に驚きと戸惑いを隠せないでいるのが手に取る様にわかった。母に呼ばれてそこに居合わせた兄が"弟が幸せならそれが一番だ"と言った事で、両親は息子とセリとの関係をやっと受け入れた。受け入れたこともそうだけど、両親の口から否定的な言葉が飛び出なかったことにも驚いた。母が言うにどうやら兄から何かしらの口添えがあったらしい、もしかしたら兄なりの贖罪のつもりだったのかもしれない。 セリがべそべそ泣く事も無くなった。 拗ねる事は多いけれど、苦しくて泣く、悲しくて泣く、という事は殆どなくて、だいたい毎日にこにこ笑って過ごしている。彼曰く二人でいればなんでも楽しいのだそうだ。 ただ一つ困った事があるとするならば、セリとチョコは余り仲が良くないということ。 人懐こい性格で遊び好きなメインクーンのチョコはむつみにとても懐いていて、ソファに座れば横を陣取り、ダイニングテーブルの方で仕事をすれば構ってと言わんばかりに邪魔をする。料理をしようとキッチンに向かえば、用事が済むまで側のカウンターに上がりそこで様子を窺いながら寝ってる。 その行動の殆どがセリと被るのだ、それも面白いくらいに。 セリはチョコに負けじとむつみに構い気を引こうと躍起になる。チョコは構わないとソファに爪を立てる、そうするとセリが気に入りのソファで爪を研ぐなと怒る。やきもち妬きが一人と一匹、毎日が賑やかで騒がしい。でも仲が良くないだけでお互いに嫌ってはいないのだから、そこがまた微笑ましくもあるのだ。セリはチョコってばむつみを独り占めし過ぎだと言って妬むくせに、気が付けば大きな身を屈めせっせとトイレ掃除をして綺麗にしてくれるし、ご飯の時間になれば自らで準備をしてあげている。買い物に出かけると猫のオモチャ選びに夢中になって何十分も売り場に滞在する羽目になるし目を離せばチョコの喜ぶおやつを沢山カゴに放り込んでいる。チョコはチョコで、むつみの側にぴたりとくっ付くセリを邪険にするくせに、セリがソファでうたた寝をすればいつの間にか寄り添って一緒に眠ってるし、脱ぎ捨てた彼のスウェットを寝床に誂えて踏み踏みしている事もある。 大きな犬みたいないセリと猫のチョコだから、なんだかんだで良いコンビなんだと思う。 今もまた一緒に丸まって眠ってるのだから、どちらとも可愛いくて愛おしい。セリの髪を掬いそっと頭を撫でると、チョコの方が身動いで目を覚ましパッとソファを降りてキャットタワーの天辺に上がってしまった。触れていた手は捕まり手のひらに唇の柔らかな感触と、ちゆっというリップ音が響く。 「むつみくん……捕まえたー…」 「きんちゃん寝過ぎだ、夜眠れなくなるぞ。それにもう直ぐ慶さん達が来る、ほら起きろ」 「いい匂いがする……お腹すいた」 「夕飯、沢山作ったから」 「そっか、楽しみだな……むつみくんのご飯大好き」 寝ぼけたセリがふむふむ唸りながらむつみの太腿に擦り寄った、その内玄関が賑やかになり彼らがやって来たのだと分かる。春海達は揃ってむつみの兄の様に振る舞い各々に度々やって来ては構ってくれる、それはむつみが望んでも築くことのできなかった実兄との関係を彷彿とさせた。血の繋がらない全くの他人である春海達との関わりは、たとえそれが擬似的であったとしてもむつみの心を慰め満たす。 「あいつら来るのちょっと早くない?」 「時間通りだよ」 「むつみくんが足りない」 のそりと身を起こしたセリがむつみの体をぎゅっと抱き締め耳裏に唇を寄せた、腕を背中に回して抱き締め返すとセリの頭は首筋にぐりぐりと懐く。もう無理に引き剥がす事はしない、弥八はきっと揶揄ってくるけれどあの兄達に見られても恥ずかしくないくらいには慣れてしまった。 数名の足音と、向こうの方でむつみと名を呼ぶ弥八の声がする。 ……ーーそう、今晩は月に一度の全員が揃う日だ。
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