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10 樹解(シュカ)
峰から峰へ 10
樹解(シュカ)
さっきうみねこを追い返した時は確かに小さな生き物だったのに、見返した時には、ぼくの傍には父ちゃんみたいな大っきな男の人がいた。
髪の毛はぼくや母ちゃんみたいに黒くって、せいが高く、裸であわあわしている。
そのからだは、ぼく達よりも少し陽に灼けていて、強そうに見えた。
そして丹皓(にこ)にいにのことを探していて、ぼくの名前を呼んだので、ぼく達のことを知ってるんだ。誰だろう、誰だろう……。
ぼくはうんうんうなって、そのうちぴんときた。
「にいにのひとでちゃん……?」
するとひとでちゃんは、
「そうだ!にこのひとでだ!丈夫な身体になって戻ってきたのだ!……って、あれ?声が大きいな……」
叫びながら、自分の姿がなんかおかしいことに気がついたみたいだった。
ぼくがうさこうを貸してあげると、男の人はふらふらしながら潮だまりを覗きに行ってうひゃあ、とか、うひい、とか面白い声をあげた。
両手をお空にかかげてくるくる回りながらこっちに戻ってくると、
「じょ、丈夫な身体になるって、こういうこと!俺が人の姿に!ひと!」
背筋を伸ばして海の向こうに届くくらいの声をあげた。うさこうは必死でひとでちゃんの大事なところにしがみついている。えらい。
「シュカ、どこかおかしなところはないかな?俺はちゃんと人になれているかな?」
ひとでちゃんは、両の指をひとでそのものみたいに開いてぼくにかざして見せた。
陽に灼けたほっぺもかあっと赤くなっていて、ひとでちゃんは大こうふんだ。
おかしなところ……人間の大人のひとは、あんまり裸でくるくる回ったりしないだろうけど、と思いながらもぼくは頷いた。
++++++++++
「じゃあお主は、温かい海へ渡ってから、丈夫な身体になるという願いを叶えてもらうために、何年も海を巡っとったという訳かの。そしてその願いを叶えてもらって、ここへ戻ってきたという話じゃな」
皆でお昼ご飯の支度をしている間、おざぶの上に座ったひとでちゃんは、ウールとお話をした。
金色の狼のウールが訊くと、
「はい!おっしゃる通りです!あれから一体どのくらい経ってるのですか?皆さん変わっていないけど、シュカは随分大きくなって……まだ赤ん坊だったのに……」
ひとでちゃんは、曇(くも)が貸してくれた服をまくって着て、辺りをきょろきょろしながら元気に訊いた。ぼくは赤ちゃんの頃の話をされて、ちょっとむずむずする。
「ひとでちゃん?なに?」
ちびの届宇(たう)といーくんは、そもそもにいにのひとでちゃんを知らないので、ひとでちゃんに興味津々だけど、
「子供はすぐに育つからのう」
「にことさわは、どの位大きくなりましたか?」
ひとでちゃんは身を乗り出してさらに訊く。ひとでちゃんには肝心なところなのだ。でも、
「双子共と姉はもう大人になったので、ここは卒業してしもうたぞ」
「今は中央の議長さまの手伝いをしたり、お山の手伝いをしたりしているらしいな」
ウールと曇が言うと、
「え!ええーっ」
と驚いた声で言った。
「大人!大人に!!?もう、遊べませんか……」
ぼくがまだ赤ちゃん服で羽根で飛んでた時からだから、もうひと昔は経ってしまっているはずだ。
ひとでちゃんはたった今、初めて流れた時の長さを思い知ったのか、がっくりうなだれて、不安げに目を泳がせだした。
「で、でも今でもたまにはここまで俺達を迎えに来てくれたりもするぜ」
「そうそう。浜の仕事を手伝いにきてくれる時もあるよ」
これまでの元気の反動でしなしなになってしまったひとでちゃんにぼくやいーくんは焦った。
奥からまぜごはんのおひつを抱えてきた銘珠(みんす)もそう言って、
「大人になったって、遊んだら良いよ。今はお昼を食べて、お山まで行ってみたら良いじゃない。今日、いると良いけど」
食卓にお昼を並べ始めた。
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