最後のニュース

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 歌を口ずさむ人が大勢いた。  ほかに心のやり場が無かった。歌う人がいて、黙って聞き入る人もいた。仲間になって一緒に歌う人々もいた。  こんな事態になる前に、みんなが手を取り合っていれば、と思う人もいただろう。だがこれは火急の事態だからこそで、そうで無ければ無条件に人が手を取り合うことなどするまい。人々は、もはやわれ先にと押しのけ合って逃げ出すことも諦めたと言うことだ。  人間はずっと、主に自分達が原因となって人間が滅ぶことや地球が滅ぶと言うことに注意を払ってきた。  地球外からの攻撃は可能性の低い荒唐無稽な、あるいは、むしろ想像をたくましくして楽しむことと思っていた。  そして地球自体がずっと長い間、危ういバランスを保って存在していたことを知ることは出来なかった。  地球の存続がどれほどかをある程度でも認識できていれば、地上で利権を争う戦いは愚かと考えることが出来ただろう。  もう、地球がこの先どうなるかは、どんなに優れた科学者にも予測できないものになってしまった。  今どうしたらいいかを話し合う余裕も無かった。  人々は、「どうなるの?」と互いに問いかけることしか出来なかった。成り行きを見守る傍観者としてしか存在できなかった。あるいはギリギリの最後まで現象を記録して置くことに集中する以外に、未来への手がかりは無いように思われた。  諦めて心を失う者。この際だからと謝罪し、かつての心を取り戻す者。ただ泣く者。祈りを捧げる者。望みを失い先を急ぐ者。  地球人の宇宙進出は研究されていたが、その技術は地球からの脱出、移住にはまだほど遠く、間に合わなかった。  メディアが地球の状態を人間に伝えることはニュースの意味を持たなくなっていた。 「最後のニュースをお伝えします。 今日、この放送局のあるビルの前の植え込みの中で野良猫の母親がかわいい子猫を産んでいるのが見つかりました。 ……。 以上、担当は坂崎でした。 ……。 番組はこれで全部終わりとなりました。 皆様、これからお気をつけになり、決してあきらめずに。 またお会いできる日まで、さようなら、さようなら。おやすみなさい、どうぞお元気で。 ……。 お聞きの放送は、JECラジオ、地球日本語放送です」  大地が火を吐いて空は赤黒く燃え上がり、そして灰色の風が吹き荒れ、それからすべてが凍りついた。  その光景をどれほどの人間が目にしたかは、まだ分からない状況だ。 だが、今確実に二人いる。
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