ツンでいてくれて。

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ツンでいてくれて。

あれから数日経ち先輩は驚く早さで回復を見せ意識もはっきりとしてきていると由紀乃さんから連絡が入った。 少しずつではあるが口からの食事も出来る位になったという。 俺はその間大学の方が色々と忙しくなって先輩のお見舞いに行けていなかった。 新谷は家で遠目で確認する位はしていたがゆっくり話たりは出来ていない。 この間信じられない言葉を突然聞かされて俺的には動揺したし誤解が解けたというのに何を言ってるんだと正直頭にきた。 だけど俺は俺、新谷は新谷で同じ様にはいかない。 持って産まれたものも何もかもそれぞれ違う訳で。 皆違う人間なんだよな。 それとあの時、由紀乃さんの俺に対する特別な気持ちをあえて新谷に言わなかったのは変に気にすると思ったからだ。 でもそうじゃ無いんだきっと。 もっと分かってもらう為に。 全て…俺の中の全部を伝えるんだ。 あれからどうしているか。 新谷…会いてぇ…な。 「秀也、支度できたら下に下りてきてくれるか?」 「はい。」 父さんが部屋に居た俺に声を掛けた。 今日は母の命日だった。 家族四人と黒岩さんも一緒に墓参りへ向かう事になっている。 この日は決まってを身に付ける。 部屋のクローゼットを開けて青いネクタイと革靴を手にする。 鏡の前に立ち丁寧に首に掛けていく。 キュッ。 次の瞬間改めて自分の顔を見る。 一年前の自分よりも良い顔付きになっている気がした。 あどけなさが消えて力強い男の顔がそこには映っている。 そしてより一層このネクタイがしっくりときていると実感していた。 髪も整えて手に革靴を持ち階段を下りて行くと新谷が居た。 「秀也君…なんか久しぶりだね。」 「おぉ。」 「忙しいって最後言ってたからこちらからは連絡しなかったけど。」 「俺もしなかったからな。気をつかわせたな。」 何度もしようと思った。 「ううん。」 お前があれからどうしているか…。 「今日は早番なんだな。」 まだ話さないといけない事があるよな。 「そうだよ。」 「新谷。お前に一つ話して無い事があった。実は由紀乃さんから男として好意を持たれていた。勿論俺はそんな感情は持っていないしな。前にも言ったけど。」 「…。」 そんな不安な顔するな。 「でもその後。先輩が目を覚ました。」 「っ。」 「本当に奇跡としか言い様がないって先生も言ってたみたいだ。目を覚ました先輩に会いに行った時、病室で先輩の事を思う由紀乃さんを目の当たりにして気づいた。由紀乃さんは先輩を愛してるって。だから俺は自分の気持ちを由紀乃さんに伝えたよ。由紀乃さんに俺は必要ないって。」 新谷の強張っていた顔が徐々にほぐれていく。 俺は男でお前のその女心なんて分からないけどでも。 「由紀乃さんの事。お前が気にすると思ってあえて言わなかった。ごめん。」 言葉にしないと伝わらない時だってある。 「ううん。大丈夫…うん。」 「はは。本当か?」 平気なふりをして見せる。 どこかぎこちないが。 そしてまだ肝心な言葉をお前に言ってないよな俺。 「好きだ。新谷。」 恥ずかしさなんて忘れてた。 心のままに届けないと伝わらないからきっと。 「私も…好き…です。」 いざ言われると恥ずかしいもので。 「だな。俺しか見えないもんな。」 何時もの俺になってしまう。 「ちょっ、もぉ…なんか凄く恥ずかしい。でも。凄く嬉しい!ありがとう。」 最近の中で一番の笑顔を俺にくれた。 可愛い女性だと思った。 「あれ?あ、そういう事か。今日はね。」 新谷が自分の胸元に手を当てる。 「ネクタイ似合ってる。」 「この青いネクタイは社会に出て壁にぶつかった時に空を見上げなさい。革靴は色々な場所に行き沢山の物を見て勉強しなさい。母さんがそう言い残して俺にくれた。」 「素敵な言葉…それに素敵なお母さん。」 「秀也、そろそろ行くぞ。」 後ろで先生の声がした。 「ちょっ、父さんスマホ忘れてるから。」 健様がリビングからバタバタと駆け寄る。 「あぁ、すまん!また忘れたな。最近忘れ物が多くて困るよ。何時だったか二回程、健二に家に取りに向かわせた事があったな…あはは。」 「本当だよ。俺も暇じゃ無いんだぜ。」 …え?あの時の健様の行動ってそういう事だったんだ。 「お、愛花ちゃんだ。元気そうだね。はいはい、何もしませんよ。」 ギロリと健様を見ている秀也君。 「皆様お揃いでしょうか?では出発致します。」 黒岩さんも今日はスーツがきまっていて更に輪を掛けて素敵に見える。 「じゃあ行ってくる。」 「行ってらっしゃい。」 「帰ったら連絡するな。」 「うっ、うん!」 今迄のもやが一瞬にして晴れていった。 今にも飛び上がりたい位にもう、とにかく嬉しくて。 この気分にずっと浸っていたいと思った。 私と秀也君はこの数ヶ月間、沢山の誤解や時に悲しみをお互いが個々に背負いながらもこうしてここまでたどり着く事が出来た。 秀也君と再会し私に冷徹でツンでいてくれたのもそれが意味を成していたから今の二人があって、そんな秀也君じゃ無ければこんな風になっていたかは分からない。 私はもっと深く秀也君を知ろうとはしなかっただろうな。 好きにもなって無かったかもしれない。 そしてふと思う。 人生はあり得ない程にまさかの出来事が知らぬ間に目の前に転がっているものだと。 そしてこれからの私の人生には秀也君が居てくれて二人で過ごすこの日々が楽しみでしょうがない。 毎日笑ってたまには喧嘩もするかもしれないけれど。 でも。 高校生の秀也君も今の秀也君もひっくるめて私はツンな貴方が大好きです。                  完
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