カマキリの祈り

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むかしむかし、あるところに小さな村があった。 その村に住む男が村の外れを歩いていると、切り株の上に一匹のカマキリを見つけた。カマキリは前足を合わせて微動だにせず、その姿はまるで何か祈りをささげているようであった。獲物でも待っているのだろうと、男は気にせずその場を去った。 それから一週間後、同じ場所を通ると、切り株の上に1人の僧侶が座っていた。僧侶は両手を合わせ、何やら念仏を唱えていた。修行でもしてるのだろうと、男は気にせずその場を去った。 それからまた一週間後、同じ場所の切り株は一本の木になっていた。えらい早く成長したんだなと男は感心した。それにしても成長するのが急すぎるなと不思議に思ったが、考えてもよくわからないので、男はその場を去った。 それからまたまた一週間後、大雨が村を襲った。こんな大雨は経験したことがないと長老が言うほどの大雨だった。 村の近くには川が流れている。その川が氾濫しかけていた。あの川が氾濫すると、村は一気に水の中に沈んでしまう。早く高いところに逃げるんだ!とみんな叫んでいた。 しかしこの村は平地にあり、高い場所はどこにもなかった。ないはずだった。そう昨日までは。村の外れの方をよく見ると、大きな丘ができていた。今まで見たことがない丘だった。 村のみんなはその丘に向かって走った。その中の1人の男だけは、この丘の場所に見覚えがあった。そうだ、ここは先週木が生えていたところだ。そして先々週には僧侶がいて、そのまた一週間前にはカマキリがいたところだ。その場所が今日になって丘になっていた。 丘の上に着いた頃、川が氾濫した。そして川の洪水に村が呑み込まれるところを、丘の上で全員が見ていた。この不思議な丘のおかげで、村の人々全員が助かったのだ。 男の発案で、この丘は「カマキリの丘」と名付けられた。丘には木が植えられ、カマキリの他にたくさんの生き物が暮らす豊かな場所になった。村の人々にとって、カマキリの丘は平和の象徴そのものだ。 そうだ、この平和は一匹のカマキリから始まったのだ。平和を祈る一匹のカマキリから始まったのだ。
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