序章 宙に浮かぶクジラ

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序章 宙に浮かぶクジラ

 地球から高度四百キロメートルの世界は常に静寂に包まれている。  遥か遠い銀河系の端で、遥か昔に産声を上げた星の煌めきが鋭利な鉛筆で印をつけた程度の小ささをもって、届くのみである。  大海を孕んだ地球が漆黒の宇宙空間に抱かれている。  いくつもの命を育んでいる母なる星は、それ以上の星々を生んだこの宇宙にとって、小さな子供の一つでしかない。  そんな母なる星に寄り添うようにして、宇宙ステーション『Deo Space Station』、俗称『クジラ駅』は漆黒の空間をたゆたう。  大きく四つのセクションに分かれたステーションの各部には、徳川家の家紋をモチーフにした『徳川コーポレーション』の企業マークがプリントされている。その横でデフォルメされたクジラのマスコットキャラクターが笑顔を浮かべている。  日本を大きく変えた戦いから数百年経った今でも、徳川家による統治は続いている。財界・政界・その他あらゆる分野に進出し、この国の産業をほぼ独占している。  徳川家による大いなるプロジェクトが進行中のクジラ駅において、今日も業務に追われる駅員たちであった。  そんなある日、優雅に潮を吹くクジラに、遥か彼方から接近するものがあった。  アポイントメントの予定はない筈である。  間もなくして緊急プロトコルが発動し、クジラは潮を吹くのを止めた。
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