1. 洗濯日和

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1. 洗濯日和

 寒い、寒い。足や肩を覆うひやりとした空気で嫌でも目が覚めた。ぐちゃぐちゃになった布団がよれ、中身は遥か遠く、カバーだけが身体を被んでいた。  「……どおりで、寒いわけだ」  冷えた肩や足を引き上げた布団で包みなおした。体温の名残りが冷たさの間にほんのりあたたかさをつえてくる。気持ちがいい。  さっきまで身近にあったとろけるような睡眠の至福のまどろみの復活を期待してみたけど、そいつはどこか遠方に行ったのか、なかなかここには再訪しない。  布団の中で独りで、うーんとうなってみても、寝返ってみても、あのとろりとした心地よい眠気は既に霧散してしまっていた。 「……くそぉ、せっかく、たろちんがいないのに」  相方のたろちんは休日出勤のため早朝から不在だった。俺の睡眠を妨げないよう気を遣って、一人で食事の準備をして出勤したらしい。俺の分まで用意している。なんていいやつなんだ。泣けてくる。  適度に湿り、肌になじんだシーツは体温でほどよく温い。普段は体温が高めの男が横にいて、それに足先などが触れてしまったら。夜の続きの第Xラウンドが開始してしまうに決まっている。  相方を気にせず、思いっきり惰眠をむさぼるには今朝は絶好の機会だったのに。俺は明瞭になってきた視界と意識をちょっぴり恨んだ。  カーテンの隙間からまぶしい朝の日差しが差し込んでくる。外はいい天気みたいだ。  頭を掻きながら起き上がるとシーツの下はもちろん真っ裸だ。下腹部にはティッシュの一部が張り付き、ふわっと揺れていた。 「げっ」  液体で張り付き揺れるティッシュをぺりりっと剥がし、シーツに紛れていたティッシュたちとまとめてゴミ箱に緩急をつけて放りこんだ。  疲れてシャワーも浴びずに寝てしまったので、体やシーツのあちこちが乾燥した体液でがびがびになっている。ちぢれ毛も方々に散っていた。  視点を改めてるとあらわになるこの部屋の惨状。昨晩の乱れまくった自分の痴態を重ねあわせて、独りで赤くなる。なんだか、急に、この状態が恥ずかしくてたまらない。誰にも見られるわけではないのに、とにかく熱くなる顔を隠したい。手近にあったうちわで扇いでみた。  微妙な風が体熱をほどよく奪う。風は周りを客観視できる冷静さを与え、俺をまともな思考へ導いていく。  寝ぼけ眼でなくなると、この汚い部屋、とくにこのシーツから何まで、乱れきったベッドがとくに許せなくなった。  掛け布団の本体はカバーの中で偏り、ぐしゃぐしゃの山になっている。シーツは縦に大きな弛みができて半分めくれ上がっていた。そしてあちこちにぽつぽつと後を残す変色したシミ。  掛け布団をソファに追いやり、シーツを引っ剥がした。シーツを丸めているとソファの上の掛け布団の裏側に使用済みのゴムが張り付いているのに気がついた。 「ちゃんと包んで捨てろやっ!」  ものぐさな、たろちんに腹が立ってきた。俺が手を掛ける以前にすでに分離していた掛け布団カバーを力任せにひっぺがす。  洗濯機にシーツと布団カバーを突っ込んだ。スイッチを押しながら洗剤と柔軟剤をいれた。ふぅ、これで終わりかと風呂場付近を見回すとパンツやらタオルが点々と落ちていた。  普段から服を脱ぎっぱなしにするなと口を酸っぱくして言っていた。床の食べ物カスやわたぼこりに服にまみれてしまう。一時置きの洗濯カゴとかランドリーボックスが用意してあった。脱いだものはどちらかに入れるだけの容易なものなのに。  たろちんめ、と怒りの拳を振り上げたところで、自分のアッシュグレイのボクサーブリーフも裏返った靴下も抜き散らした状態とで落ちているのに気がついた。  昨日の俺たちはどうかしていたに違いない。俺は何事もなかったように方々に拡散したティッシュやタオルやパンツたちの収集にいそしんだ。  想定以上の洗濯物の山。これは洗濯機をもう一度回さねばならない。自分の中の戦意残量を確認し洗濯機の蓋を開けた。 洗濯機が使えないその間、部屋を片付けよう。俺は丸められて方々に飛んでいるティッシュやアルミパッケージの残骸、銀色のリング、怪しいピンク色の電池で動く奴などを拾って集めた。 めぼしいゴミは拾った。部屋の平地が漂着物で山積みになっている。掃除機を掛けられるよう部屋の物をかたづける必要があった。 雑誌が散らばっていた。たろちんの好きな車の雑誌だ。その中に一冊見過ごせない雑誌が紛れていた。OLオフィス絶頂アクメとか、なんじゃこりゃ。 書店の18禁コーナーで売られていたあれだ。中を見るとお姉さんが体をくねらせて胸や性器を強調していた。白い液体(疑似だけどさ)をぶっかけられているシーンもあった。 たろちんは元々童貞で、俺から迫って関係を持った。俺が初めての相手だった。 ゲイだと思っていたけど本当はバイだったのかな。俺よりも女の方がいいのかな。 おっぱいあるもんな。柔らかそうだし、いい匂いしそうだしな。そう思うとなんか急に悲しくなってしまった。 「だめだ。掃除をしよう」 雑誌は山積みにして、後でたろちんに確認してみることにした。 掃除機を一通りかけ終わると、洗濯機は終了していた。 中身を洗濯機から取り出してかごに入れていると玄関ががちゃがちゃと開いて「ただいまー」と、たろちんが帰ってきた。 「おかえり。あれ? こんなに帰り早いの」 予定していた仕事が早く片付いちゃったとのこと。 「それにしても半裸で洗濯なんてエロいね」 たろちんに言われて気がついた。俺は上半身裸のままだった。 たろちんが俺の首筋に顔を埋めてくる。昨日散々なぶられた乳首も指で同時にはじかれる。あー気持ちいい。しばらくすると俺はじんとして甘くて痛い快楽の誘惑に負け、動けなくなるだろう。 でもその前に、これだけは、これだけはたろちんに言っておかねばならない。 「 今日は洗濯日和なんだーー! 」 その後に続くはずだった「だから干させろ」の言葉は快楽の海に落ち、甘い海の中の藻屑となって消えてしまった。
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