第二話  桃源郷への道

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 「勿論ですッ。長老会の決定は絶対だ」  時代遅れな話だが。イギリスとか言う島国でも、貴族と言う前世紀の遺物が、堂々と今でもやっている話だ。まんざら嘘でもあるまい。  「ソコは中国人だからな、妙な習慣があっても不思議じゃないだろう」と、侮蔑的な差別意識が脳裏をかすめる。  「しかし玉林は裏切られた。長老会に何の断りもなく、恒星は日本人と結婚してしまったのです」  「それも突然にですぞッ」  何故だかソコが、一番許せない所らしい。よくよく聞けば、先々代の当主も日本人の妻を娶ったのだとか。太平洋戦争のさなかに妻を亡くし、以来ずっと独り身を通したのだと言う。  「跡取りも残さず、恒輝は一生独身を貫いたのです。何と言う事だ!」  「先祖の御霊に対する裏切り行為ですゾ」  言ってることが意味不明だが。端的に要約すれば、ここまでは立派に婚約不履行が取れる事象だ。  され、ここからが本番か?  結婚詐欺の訴えについて、詳しい説明を聞き出さねばならない。  「それで恒星氏は、子供のお披露目をする為にカナダへ帰って来たのですか」、恒星の行動チェックが先だろう。  「トロントの別邸で、お披露目会が行われる予定でしたわ」、玉林が長老会の代理人らしく、説明を始めた。  その別邸で。妻と何やら言い合いをしている最中に、恒星が意識を失って倒れたのだと説明した。  「子供のことで言い争っていたそうです。その時、偶然にも二人の側にいた家令の克文がそう証言していますわ」  「これが克文の証言です」、そこで証拠の録音データをテーブルの上に置いた。  早速、確認作業に入る。データを再生したPCから聞こえてくる音声は、拙い事に中国語だった。  「北京語ですわ。変換機能をお使いください」  玉林が微笑んで進言した。 (待てよ。この男はカナダ人だと、玉林はさっき言わなかったか?どうして中国語で話すんだッ。裁判に持ち込んだ時に、陪審員が不審に思いかねない重大な欠陥だ)  顔が曇る。  ちょっとした齟齬が命取りになるのが、法廷と言うところだ。  音声変換機能が作動、英語の複合音声が流れる。(フムフム、これならそれほど問題にはならないだろう)  「トロントの病院に運び込んだ厳恒星は、精密な検査を受けたが、意識がなくなった原因は掴めなかった」  「恒星の従弟で医者の厳翔燕は、毒物を飲まされたのではないかと疑っている。家令として、長老会に調査をお願いしたい」  家令の克文はそこで重々しく。恒星夫人が強引に意識のない恒星を退院させ、ロッキー山脈の屋敷に連れ帰ったと。厳しい口調で言及していた。
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