第二話  桃源郷への道

16/81
78人が本棚に入れています
本棚に追加
/211ページ
 治療も受けられない環境に、恒星氏はずっと置かれている。もしかしたら脳に障害が起こっている可能性もあるにもかかわらず、検査も治療も受けられない状態に置かれていると切々と訴えていた。  「このまま放置したら、もしかしたら植物人間になるかも知れない。わざとそうなるように、恒星夫人が仕向けているのなら。あの女に何らかの毒を盛られた可能性も視野に入れなければならない」  そこで音声は終わっていた。  「この後ですわ。克文の行方が分からなくなりました。未だに行方不明のままです」  暗に。企みを察知した克文は、恒星夫人に始末された可能性があると。それと無く示唆した。  「ソコも考慮に入れた上で、結婚詐欺の訴えを起こす覚悟があります」  冷静に、いかにも真実味のある事象を積み重ねて陳述を行う辺り、さすがは評判通りのオンナ弁護士だ。怜悧で知られた辣腕ぶりもさることながら、この女が容姿端麗で清潔感のある適度な色香を持ち合わせているのには感心した。これでこの女の肌が白かったら、まさにアルテミスの再来と呼びたいところだが。  「惜しいな」、心の中で呟く。  「つまり恒星氏は、妻に不当に拘束されている可能性があると?」  『なるほど。狙いはソコか』と納得した。これもマイク・ウッドの計画の内だろう。最終的には婚姻の無効を申立て、妻と息子の相続権を奪う作戦に違いない。  妻を財産狙いの魔女に仕立て上げ、裁判でさらし者にする。世間の非難を集め、マスコミの一斉砲火を援護射撃にして、有罪判決に持ち込む。とんだスキャンダルに、厳グループが滅びるのを待って。恒星の事業のすべてを吸収する腹とみた。  マイク・ウッドとこの女は同じ穴の狢。恒星の持つ全財産が狙いだろう。アメリカンイーグルが厳グループを吸収して、マイク・ウッドが世界の経済界に帝王として君臨するための大博打だ。  成功すれば。アメリカンイーグルの押す白人至上主義者を、アメリカ合衆国大統領にするのも夢ではない。そこまでくれば白人至上主義はもはや人種差別などではなく、アメリカ合衆国の法になる。(ジェフリーの頭の中で素早く、この先の夢のような構図が出来上がった。喜びが身体中を満たす)  そこではたと、目の前の女がまた何かを話し出したのに気がついた。  慌てて夢想を中断。  ココは現実を注視すべき、大事な場だ。  「そこで長老会は・・」、玉林が思わせぶりにいったん言葉を切る。  「長老会はニューヨークでも指折りの高名な脳外科医を、急いで手配したのです。彼に恒星氏の治療を任せたいと、弁護士として相談されましたのよ」  玉林が微笑む。
/211ページ

最初のコメントを投稿しよう!