とらわれる

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とらわれる

 扉を開けた葉作(ようさく)の目の前に、小さな花火が咲いた。綺麗なそれが、空中でいくつも弾け、目を丸くする。日本にいたころに見た花火とは違い、近すぎると危険というわけではないのに、無意識に、たじろぐように身をひねっていた。 「おめでとう、葉作くん」  魔術で花火を出しているリーグが、穏やかな顔で言った。いつもの席に座っている彼の左の席には、妻であるルリアの姿もある。  ご馳走と豪華なケーキが机の上に乗っていた。何が何だかわからなくて、夕食だと葉作を呼びに来た、彼らの一人息子であるライを振り返る。彼は微笑みながら、背中を軽く押して席につくように促してきた。  とりあえず、いつもの席に腰を下ろす。隣にライが座った。 「リーグさん……おめでとうって、どういうことですか?」 「今日で、君がこの世界に来て一年たつだろう? 君の誕生日が、この世界ではいつにあたるのかわからないから、君が現れた日を誕生日にするのはどうかって、ライが前から言っていたんだ。それで、勝手に誕生日を祝わせてもらうことにしたんだよ」  この世界に飛ばされた日を、自分では忘れていた。みんなは覚えていてくれたのか、と胸が熱くなるとともに、もう一年たつのか、と懐かしくなった。目に入る人々に、角が生えていた衝撃は、ずっと忘れられないだろう。 「いきなり別の世界に飛ばされて、今までと違う環境の中で生きていくのは、大変だったと思う。よく頑張ったね」  目頭が熱くなった。眉間に力を入れて、涙をこらえる。 「俺が今日まで生きてこられたのは、リーグさん、ルリアさん、ライがいたからです。本当にありがとうございました」  感謝の気持ちを口にし、頭を下げた。  一年前、町はずれに倒れていた葉作を、リーグが助けてくれた。最初は彼らの言葉がわからなかったが、ライの魔術によってわかるようになり、自分が異世界に来てしまったのだと知った。こっちではそこまで珍しいことではないらしく、書類を提出すれば、すぐに住民になることができたのは幸いだった。 「僕たちはただ手助けをしただけさ。でも、君が元の世界に帰ることになったら、とても寂しくなるよ」  リーグが寂しそうに笑った。  まだ、元の世界に帰る方法はわからない。最初の頃は、帰る方法を必死に探していた。けれど、戻っても会社と家の往復の日々に、親しい友人や、心配してくれるような家族がいるわけでもない。それが、今は、仲良しな家族に迎え入れてもらい、好きな人もできた。日本で暮らしていた頃より、幸せな気がしていた。 「ああ、せっかくの誕生日なのに、湿っぽくしちゃったね。さ、食べよう。ルリアと一緒に、葉作くんの好物を作ったんだ」 「ありがとうございます。全部美味しそうです」  葉作は目の熱をそのままに、心からの笑みを浮かべた。    ◇ 「葉作、送っていく」  ライが玄関扉を開け、外に出た。そのまま扉を支えて待っている。  夕食が終わり、リーグとルリアに挨拶をすませ、帰ろうとしたところだった。葉作も外に出ると、並んで歩き始める。同じ敷地にある、小さな建物をリーグに借りて暮らしていた。 「すぐそこなんだから、一人で大丈夫だよ」  何度目かわからない台詞を口にしながら、隣のライを見上げる。一つに束ねた桃色の長髪が、歩くたびに揺れていた。百九十センチを超える身長に、がっしりとした体格、端正な顔、そして、優秀な魔術使いである彼は、誰もが羨む存在だった。  ただ、無口で何を考えているのかわかりづらく、そういうところが、人を遠ざけていた。優しいのに、その優しさをわかるようになるまで、時間がかかる。 「俺が送っていきたいんだ」  ライが頭の角に触れた。この世界の住人には、七センチほどのヤギのような角が、左右に生えている。困った時に触るのが、彼の癖だった。  ライはこうして、夕食後に送ってくれることが多かった。毎回、申し訳ない気持ちになりつつも、一緒にいられる時間が伸びることに、喜びを感じていた。  広い畑の脇を通る。日中はここで仕事をしているから、何か異変がないかと目を凝らしながら歩いた。
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