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──もうすぐ、彼女の誕生日が訪れる。
骨董品店『蔵』のカウンターで帳簿をつけていた僕は、開けっぱなしにしていたドアから流れてきた風がページをめくったことで、手を止めた。
僕は悩んでいた。
これまで感じてはいたけれど、先日の一件 (※書籍18巻参照) で、葵が高価な誕生日プレゼントを望んでいないことが明らかとなった。
とはいえ、僕にとっては大好きな人の大切な誕生日だ。何かを贈りたいと思うのは、自然の理だろう。
高価ではなく、気持ちがこもった品ならば、抵抗なく受け取ってもらえるだろうか? となれば手作りだろうか? 否、素人が手作りしたところで、実際のところ受け取った者は困るのではないか? 結局は『何かしてやった』という自己満足にしかならない。それは意に反する。安価で喜んでもらえるものを探すのが無難だろうか? いや、誕生日プレゼントに無難だなんて、何を考えているんや、清貴。穴に埋まって反省しよし。
そこまで考えて、頭を振り、窓の外を眺める。
大型連休が間近とあって、アーケードはなかなかの賑わいを見せていた。
そして賑やかなのは外だけではなく、
「なぁ、ホームズ 、おまえ、珍しくぼんやりしてるんだな。惚けた顔してどうした?」
店内も同じだった。
馴染みの俳優・梶原秋人が、前のめりになって僕の顔を覗き込んでいる。
今、仕事で上洛している彼は、合間を見つけては当然のごとく『蔵』に顔を出していた。
「…………」
いつもの僕ならば、『なんでもありませんよ』と取り合わないだろう。
「なんだよ、その『うるせーな』って目は」
しかし今は、少しでも他者の知恵が欲しい。幸い彼は勘だけはいい。
「実は、葵さんの誕生日がもう少しなんですが、プレゼントに悩んでいまして」
僕はかいつまんで、彼女が高価なものを心から遠慮していることを話して聞かせた。
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