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家頭清貴の導きにより、元は腕利きの贋作師だった円生(本名、菅原真也)は、瞬く間に世界の富豪たちが認める画家になった。
円生の素晴らしさに感嘆するが、清貴の優秀さも言わずもがなだろう。
清貴は自身を『見習い』と言ってるが、類稀な鑑定眼と洞察力を誇る優秀な鑑定士で、すでにその活躍は、世界を股にかけている。
「本当に、すごいよな。あんちゃんも円生も……」
――一時的とはいえ、うちのような小さな事務所に、あんなに凄い二人が身を寄せていたなんて、信じられない……。
小松探偵事務所の所長・小松勝也は、ふっ、と笑って、顔を上げる。
「ですから、勝手に僕のマグカップを使わないでくださいと言ったでしょう」
「はっ、なんやねん、マグカップくらいで。ほんま細かい男やな」
「人の物を勝手に使っておいて、その言い草はないのではないでしょうか?」
「人の物て。共同で使てる冷蔵庫と食器棚の中のもんに、所有権なんてあらへんやろ」
「ああ、そういうわけですか。それでは例えば、あなたが休憩中に食べようととっておきのスイーツを買ってきて、冷蔵庫に入れておいたとします。それを僕がなんの確認もなく勝手に食べたとしても、あなたは文句を言わないんですね?」
「別に。俺はスイーツに興味あらへんし」
「プリンだとしても?」
「…………」
「黙り込みましたね。スイーツ全般に興味がないのは真実でしょうが、あなたにとって、プリンは特別。それは、幼少期からの特別な思い入れでしたでしょうか?」
「――るっさい、ほんま。たかが、マグカップを使っただけで、なんで、そな
いに言われなあかんのや」
「このマグカップをここに持って来た時から、『これは僕の特別なマグカップなので使わないでくださいね』と言いました。あなたは、『へぇへぇ』と頷いていたではありませんか」
「そんなん覚えてへんし。大体、なんやねん、この素人が作ったような陶器のマグカップのどこがそんなにええんや。あんたのことやから、たっかいモンなんか?」
「……それは、葵さんが、僕ために作ってくれたカップなんです」
「あー……、そういうことなん。そら、失礼しました。ほんなら、今すぐ返すし、口つけてしもたけど」
「ありがとうございます」
「って、躊躇なく受け取るんかい。口つけた言うたゃろ」
「しっかり洗いますので」
「どんだけやねん、ほんま」
「なんとでも言ってください」
「しょうもな」
小松は、決して広くはない所内で繰り広げられる、とてつもなくくだらない争いを前に、本当にしょうもな、と苦笑しながら相槌をうつ。
その後に、ハッとして立ち上がる。
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