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「はー、葵ちゃんらしいなぁ。いつまでもどこまでも庶民というか」
「ちなみに僕も庶民ですけどね」
間髪を容れずに言うと、そうか? と秋人は眉間に皺を寄せる。
「ま、でも、そんなの簡単じゃん」
「なんでしょう?」
「おまえの体にリボン巻き付けて、『僕がプレゼントです』ってやりゃあいいじゃん」
秋人は、いひひ、と笑っていたが、僕は笑えずにカウンターに突っ伏す。その勢いで、ゴンッと音が鳴った。
「おい、大丈夫か?」
「体にリボンで僕がプレゼントて。そんなん、あかん」
「あ、まー、そうだよな。ってか、普通にただの冗談なんだけど、方言漏れ出るくらい怒らなくても」
「怒ってへん。ただ……」
「ただ?」
「そんなん、ただの『僕得』でしかないやん」
「はっ?」
「体にリボン巻き付けた僕が、葵さんの前に立った時の彼女の戸惑いの表情も困ったように目をそらす様子も、もう全部、僕得やん。葵さんの誕生日やのに、僕得でしかないて、そんなあかん」
「……本当にアウトだな。おまえ、やっぱりやべえ」
「やばくないですよ、健全なだけです」
そうかぁ? と秋人は顔を引き攣らせて、頭の後ろに手を組んだ。
「でもよ、結局、誰でも『自分のために考えてくれてる』ってのが、嬉しいんじゃねぇの? わざわざサプライズにしようとしないで、喜んでもらいたくて悩んでいることを伝えてみるっていうのもひとつだと思うぞ」
彼の言うことはもっともだ。
変に悩んで拗らせるよりも、すべてを正直に伝えるのも悪くはない。
「……そう、ですね」
「うんうん、そうだよな、葵ちゃん」
秋人はカウンターの下に向かって声をかける。すると葵が弱ったようにしながら、ひょっこりと顔を出した。
「え」
どうやら、彼女はカウンターの下にしゃがみこんでいたようだ。
「おまえ、葵ちゃんが店の前に来たことにも気付いてないくらい、珍しくぼんやりしてたから、声を出さないようにジェスチャーで伝えて、驚かそうとしゃがんでてもらったんだ。ドア、開けっ放しの今日だからできたミラクルだよなぁ」
あはは、とあっけらかんと笑う秋人に、こめかみが引き攣る。
秋人は、ひっ、と呻いて、
「それじゃあ、俺はそろそろ」
と、逃げるように店を出ていく。その際、勢い余ってドアをしっかりと閉めたため、カランッ、と少し乱暴にドアベルが音を立てていた。
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