死ぬほど渋面の花嫁

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死ぬほど渋面の花嫁

 まただ。今日もまた。  そう言って、理英は眉をひそめ、わたしはその眉を見て小さく笑いをこぼす。 「死ぬほど渋面の花嫁がいるよ」 「いや、さすがにこれだけ続くとさ……」 「口ん中苦虫だらけなんじゃない?」 「むしろすり潰した苦虫を強制的にチューブで流し込まれてる気分だよ」 「嫌な健康法だねえ」 「苦虫は、苦いからって良薬とは限んないでしょ。そもそも、こんな精神衛生に悪くて、健康も何もあるもんか」  高く細い靴のかかとが立てる音をすべて吸収する、上品かつ手入れの行き届いた絨毯張りのフロアの上。目の前のエレベーターの銀色に鈍く光る扉に、噛み潰すための苦虫をおかわりしたような景気の悪い面構えの、近い将来素敵な花嫁になる、大切な女友達の姿がぼんやり映り込んでる。  わたしたちは今、エレベーターホールに立っている。地上三十階。ヒールの高いパンプスを履いた三十路間近の女性に対し、この高さを行き来するのに、エレベーターやエスカレーターを使うなというのは、少々酷な話というものだ。  ファッション系ビルの立ち並ぶこの界隈でもひときわ目立つ、壁の白さも眩しい出来立てのこのビルには、最近話題の美人人生構築コンサルタントなる謎の若人がプロデュースした、人気のウェディングドレスのレンタルサロンが入っている。  わたしの隣で眉をひそめている友人が、ネットの懸賞だかクレジットカードのポイント還元だったかで、そのサロンの割引チケットを手に入れた。  そして彼女は半年後、地方に転勤になっていた長年の恋人がついにこちらに戻ってくるのと同時に、入籍予定である。  当初は式など挙げるつもりもさらさらなかったらしいが、この彼女がゲットしたチケットは、いわゆるドレスとタキシードを着て撮影をする「写真だけの結婚式」にも対応していたらしく、いつにない激安価格で予約の取れない人気ドレスをレンタルできるなら、写真くらいは撮っておきたい……と欲が湧いたらしい。  ということで、ここにはいない彼女の未来の旦那さんの代わりに、わたしがドレス選びの付き添いで、今日ともにこのビルへと来たわけだが。
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