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1.拝ませてください!?
「あのぉ……」
一人だと思っていた深夜のオフィス。
背後から曇った声が聞こえ、冗談抜きで心臓が一時停止した。
かろうじて叫び声は飲み込んだが、振り返って再び叫びだしそうになった。
上から、グレーの帽子、黒縁眼鏡、白マスク、グレーの作業着、白スニーカー。
冷静に、日光か照明の下で見れば、清掃員だとすぐにわかるが、なにせ、自分のデスク以外の照明は落としているため、認識できたのはまず、白マスクと白スニーカー。ぎょっとしてよく見たら、普通に人だった。
「な……んでしょう」
それでも、声が上ずる。
「これ……、ごみ箱にあったんですが、大切な資料ではないでしょうか?」
そう言いながら、彼女が近づいてくる。
ぬっと差し出されたA4用紙二十枚ほどの冊子の表紙に目を凝らした。
「あっ!」
八時間ほど前に、事務の基山に二十部コピーするように指示した資料。明日の会議で使用するものだ。
表紙の上部には、赤の太字で『社外秘』と印字されている。
コピーして、原本は俺に、二十部は課長に渡すように言っておいた。
「これっ、どこで!?」
「ですから、ごみ箱に――」
「――どこの!?」
清掃員の女性はわずかに首を傾げ、それから上半身を捻った。暗いフロアを見渡し、一番端の机を指さす。
「あの席のごみ箱です」
基山の席。
俺は湧き上がる怒りを深呼吸で沈め、資料を確認した。
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