一海さん家の事情

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 放課後、待ち合わせのハンバーガーショップで飲み物とポテトを購入し、客席のある二階にあがる。  先に来ていると連絡はあったが、と視線を彷徨わせると、待ち合わせ相手は割とすぐに見つかった。 「円」  声をかけると、ケータイに視線をやったまま、一海円は片手をあげた。 「なあ……、もうちょっとまともな服を着ろよ」 「出会い頭にそれ? ってか、服を作った人に失礼じゃない?」  向かいの席に腰を下ろしながら言うと、つまらなさそうな顔をされた。  黒いタンクトップに、デニムのショートパンツ。露出が多いにもほどがある。  ベリーショートの金髪。それ自体が目立つが、我が従姉ながら無駄に整った顔とスタイルが拍車をかけている。  実際、あっちの方の大学生っぽい三人組の男が、直純の登場に露骨に落胆するような顔をした。  両耳に幾つか空いたピアス穴といい、姿が絵に描いたような不良を気取っている。なにが腹が立つかって、それが妙に似合っていることだが。  それにしたって、 「高二にもなって、見た目で反抗期気取るなよ」 「は? 反抗期じゃないし」  ようやくケータイから顔をあげた。顔が不満げだ。 「長期間、家出しといて何が反抗期じゃないんだか」 「父様への正当な抗議。あと、この格好は好きだからしているのであって、反抗のためじゃない」 「はいはい」  それを反抗期っていうんだってば、と思いながら、コーラに口をつける。  同じ建物に暮らしているこの従姉が家に帰って来なくなって半年が経つ。  きっかけは彼女の父親との喧嘩だ。  もともと、一年半ほど前に円の母親が亡くなった時から、二人の仲は悪かった。  母親の死に目に仕事で来なかった父親に対してキレた円の気持ちも、仕方がなかったという叔父の気持ちもわからないでもない。そこでお互いにビンタし合ったというのは、パワフルがすぎるとは思うが。  その事情だけを考慮すれば、円の家出を反抗期の一言で片付けるのは、横暴だろう。  だが、家出の直接のきっかけになったのは、その後のささいな喧嘩だ。  そしてなんやかんや、こうして直純を通して家と連絡をとっている。この中途半端な家出を、反抗期と言わずしてなんと言うのだろうか。 「とりあえず一回、家に帰ってきたらどうなんだよ」 「父様が謝るまで帰りません」  ふんっと鼻をならす。  どんだけ悪態をついたって、相変わらず父様と呼ぶくせに。  長い足を組み直し、すました顔でポテトを口に運ぶ従姉にイラっとする。こっちはメッセンジャー係にさせられて、面倒くさいんだぞ。  だから、キラーワードを放った。 「沙耶が寂しがってるぞ」  うっと、円の動きが止まる。  大道寺沙耶は、二年ほど前から事情があって一海で預かっている小学生の女の子だ。二人のことを円お姉ちゃん、直純お兄ちゃんと呼んで、懐いてくれている。そんな彼女のことは、円も実の妹のように可愛がっているし、現時点で心配もしているはずなのだ。 「……あの子、元気にしてる? また夜中に泣いてない?」  直純には視線を合わせず、小さな声で問いかけてくる。 「気になるなら、一回家に帰ってこいよ」 「うーん」  今度は、却下はされなかった。やっぱり、気になるは気になるらしい。 「っていうか、今どこに住んでるわけ?」 「友達のとこ」 「……男?」 「そうだけど……」  思わずため息がでる。 「円さあ、帰ってこないのは百歩……いや、一万歩ゆずっていいんだけど、宗主に娘さんは男の家にいますって報告する俺の身にもなってよ」  叔父である以前に、一海を束ねる長だ。普段はひょうきんな部分もあるが、シリアスな場面では結構怖い。そのシリアスさが娘の家出が原因だと思うと微妙だが。 「安心して、何にもないから」 「どう安心すればいいんだよ」 「その人、ゲイだし。一部ではちょっと人気な画家なんだけど、絵のモデルになる代わりに家においてくれてるの」 「絵のモデルって、やばいやつじゃないよな?」 「全然」  ケータイをいじり、 「これ、私がモデルなわけ」  差し出された画面に映っていたのは、色とりどりの絵の具がただぐちゃぐちゃと塗りたくられている……としか、直純には思えないものだった。 「え、どこが?」  円がモデルとか以前に、人型もわからないが。 「意味不明だよね。でも、私からのインスピレーションがどうたらこうたら、ってことらしいよ」 「はあ……」 「三百万で売れたらしい」 「なんで?!」  意味がわからないことだらけだ。頭が痛くなってくる。 「これ、逆にどうやって宗主に報告すればいいんだよ……」  信じてもらえる自信がない。 「そんなスパイみたいな真似、しなければいいでしょ」 「したくてしてるわけじゃないって」  誰のせいだと思ってるんだ。 「じゃあ、適当に嘘でもついてよ」 「嘘ついたのが宗主にバレる方がやばいってば」 「めんどくさ」  だから、誰のせいだと思ってるんだ。 「っていうか、円、それで学校はどうしてるわけ?」  幼稚舎からお嬢様学校に通っているはずでは?  円は黙ってケータイを操作して、 「はい」  その画面を直純に見せた。  そこには、複数の友人と一緒に、お淑やかに白いセーラー服を着て微笑む、黒髪ロングの円がいた。 「それ、一週間前の写真ね。友達と撮ったやつ」 「……これ、すっぴん?」 「そこ気にするの? まあ軽くはしているけど」 「今の顔、だいぶ盛ってるな」 「は? 失礼ね」  我が従姉ながら、元々整って、綺麗な顔立ちをしている。  今、目の前にいる、バッチリ化粧を施された彼女は、それをより際立たせていて、人目を集める顔になっている。  だが、写真の中のナチュラルメイクの彼女は、綺麗は綺麗だが今の顔ほどの強いインパクトはなかった。  髪型や服の印象もあって、同一人物には見えない。化粧、怖い。 「髪は?」 「ウィッグ。出来がいいから、気づかれないよ」 「ピアスは?」 「もちろん、外してる。ワセリンとファンデと日焼け止めでね、穴は隠せる」 「……そんな努力するぐらいなら、校則に反しない格好すればいいじゃんかよ」  学校行くためにそんな準備して、めんどくさくないのだろうか。まあ、そこまで父親との溝は深いのかもしれないが。 「いいじゃない、私の話はこれぐらいで。それより、本題」 「はいはい」  気をとりなおすと、直純は右手の甲で軽く机を叩いた。店内のざわめきが、少し遠くなる。軽い結界。これで、自分たちの声が周りに聞かれる心配はない。 「相変わらず細いことするのねー」 「円はもうちょっと細いこと考えた方がいいよ」  一海の跡取りは円なのだから。  そんな風に思いながらも、カバンから今日の資料を取り出す。  手渡すと、円はそれに目を通し始めた。先ほどまでとは違う、真剣な顔。 「学校の幽霊、ってやつ?」 「簡単に言うとそうだね」  一海家は、代々お祓い家業を生業にしている。  次期宗主である円と、その従兄である直純は、高校生ながら二人一組で軽いお祓い業務に従事していた。円が家出しながらも、直純と連絡をとっているのは、その仕事のためでもある。  なんだかんだ、その仕事に誇りを持っている円のことだ。そのつながりがある限り、家出はしても、行方不明になることはないだろう。直純はそう思って、安心している部分がある。  しかし、本当にそろそろ一度家に帰ってこないと。ただでさえ女である円が次期一海を背負っていくことに、年寄り連中は面白がっていないのに。このままだと足元をすくわれるだけだ。  直純としてはそこも心配なのだが、特に口にだしては言っていない。我が道を行く従姉だが、賢くないわけではない。こと、一海内での自分の立場については、なおさらに。そこはきちんと、計算して、理解しているはずだ。  だから、直純としては、円の補佐をするだけだ。今までどおりに。 「瀧沢高校かー」 「とりあえず今夜、行ける?」 「もちろん」  ふっと不敵に微笑まれる。なんだかんだでこの従姉は、こういう顔が一番似合う。 「じゃあ、また夜に」  そうして待ち合わせ時間を決めると、別れた。
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