プロローグ:一周目開始

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プロローグ:一周目開始

ちょうど『第二設定世界:深愛のリプカ』に新機能が実装されると告知が為された頃、一部の生徒たちにとあるクエストが発注された。 『クエストNo.00:真実のアイを探せ』 それは詳細が明らかにされぬままに一度は”バグ”として放り棄てられたクエストを彷彿とさせ、彼等の興味を大いに引く事となった。 届いたもの。届かなかったもの。その違いについては新機能が解禁されてから落ち着きを見せ始めている今にあっても未だ確定されるに至っていないが、発生時期と”アイ”というフレーズから第二設定世界に関係するクエストなのだろうと考えられている。 ただ、そのアイについての解釈は諸説ある。 関係性を見出された第二設定世界の枕に合わせた、愛。 カタカナで表記している意図を汲み、英語の発音における”視点(アイ)”と”自分(アイ)”。 鎮静の兆しがあるとはいえ依然として活発な関連スレッドでも、誰かがクエストを達成したという報告は上がっていないのだから、どれもが仮説の域に留まっている。 「僕にはどれも同じ意味に思えるけどなぁ」 恵流は中空に浮かんでいた仮想の画面(ディスプレイ)を指先で弾いて消し去ると、机の下段の棚から板チョコレートを取り出して徐に頬張った。 状況を再整理する。とある事情から、しばらく情報から隔離された生活を送っていた恵流は直近の学園の出来事に疎かった。今はその不足を埋める作業の最中である。 「そして僕にも届いていた、と。条件を満たしていたって事になるんだろうけど、特定できる要素に皆目見当がつかないや」 この危急の時にあって随分と悠長な行動をしている。そんな、油断すると湧いてくる自嘲を口に広がる甘味の塊ごと嚥下する。 文字通りのイリスの消失。ただの一夜で、恵流の知る限りの全員が森泉イリスという少女の事を忘れていた。 そして立て続けに七色の変調。病状は不明だが、菖蒲からは学園が処置をしていると聞いている。 「二つの事態に関連性があるなら、もしかしたら例のクエストにも繋がりがあるんじゃないかって想像をしてみたけど……こじつけか」 ただでさえ厄介な問題を抱えているのに、恵流は今回の異常の全体像どころか影も見えずにいる。喉に魚の小骨がつっかえているような不快感と、焦燥を伴う不安。 だが、一寸先も見えない暗闇を歩く心地は今に始まった事ではない。こういう時、何をするべきかを恵流は実体験をもって知っている。 不本意な停滞を破るには、いかに情報が足りなくとも選択をしなければいけない。恵流はふっと笑う。 ――何ともお誂え向きのクエストが出ているではないか。 「今、アイを選ぶよ」 いざという時に迷わないように。何を優先するか、その指針を定める。 過去か未来か。空想か現実か。 イリスか、七色か。 恵流が沙織から七色の置かれている窮状を説明されたのは、この翌日の事だった。
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