第1話 ようこそ「勿忘荘」へ

25/47
57人が本棚に入れています
本棚に追加
/203ページ
 私の様子がおかしいことを察してくれたのか、大家さんは体の向きを私のいるほうに向き直して、さっきまでとは違う明るい声でこう言ってくれた。 「そうですよね。主役を置いて先に行くなんて、おかしいですよね」  大家さんの優しさに感謝はしても、やはり何も言えなかった私は、軽く頭を下げてお手洗いに行った。  今の私がどんな顔をしているのか、それだけは見ておきたかった。 「うわ……かなり目が赤くなってる」  お手洗いの鏡に映った自分の顔にうんざりしたけれど、化粧でごまかせるものでもない。せめて表情だけは明るくしようと、鏡の前で笑顔をつくった。  大家さんだけじゃなく、他のみなさんも私を待っているんだ。いつまでもこうしてはいられない。  私は自らの頬を軽くはたいて、強い気持ちをもって扉を開けた。視界の先には、大家さんが所在なげに立っているのが見える。  私が小走りしているのが見えたのだろう。大家さんは私の部屋から少しだけ移動して、私を迎え入れてくれた。 「すみません、お待たせしちゃって」 「いえいえ。それでは、準備はよろしいですか?」 「なんですか、それ。私にもしなきゃいけない準備があるんですか?」 「いや、なんでもないです。お席はさっき話したところですから」
/203ページ

最初のコメントを投稿しよう!