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藤白検校断罪事件
帰ると、屋敷中を怒号が飛び交っておりました。
「藤白検校、貴殿を天皇愚弄の罪により死刑に処す! 大人しく参れ!」
「なにかの間違いでは、」
藤白検校が息を詰めると、検非違使たちが声を張り上げます。
「これは主上直々の命である! ここに書状が……っそなたには見えぬか」
盲目の者に対する配慮を欠く発言に声を潜めた男に、藤白検校は首を振り、ひとつだけ願い出ました。
「……琵琶をともにするお許しを」
「許す。供の者は付けるか? 一名まで許すが」
「いりませぬ」
やがて藤白検校は青ざめた顔のまま縄を打たれ、屋敷を出たのでした。
わたしは藤白検校を先頭とし、仰々しく連なる列の先頭に追いつき、手を付きました。
「検校さま!」
わたしの声に反応したのか、それとも伏して膝を屈したわたしの手が、藤白検校の裸足の爪先に触れたためか、列が止まりました。
「……如何した? 若者」
その声にわたしは心臓を掴まれ、身が竦む思いでした。藤白検校がいつもわたしを呼ぶ声と、あまりにも違っていたためです。
藤白検校は目が見えません。盲目の琵琶奏者として高位を賜った今でも、望むものなら何でも与えると言われた主上でも、藤白検校を暗闇の中から救い出すことはできません。どんなに偉いお医者も薬師も、あの方に光を与えることはできません。これほどの絶望が、この世に存在するでしょうか。
三歳で盲目となり、光のない世界を彷徨い歩いてきた藤白検校。
彼がその歩みを止めたのは、わたしが彼の前に身を投げ打ち、土下座したためでした。
「お慕い申し上げております……、検校さま……っ」
血を吐くような言葉に藤白検校は何を思ったのか静止し、傍らを振り返り、役人に少し頭を下げました。
「太々しいお願いとは存じますが、この者のために、最後に撥を持たせていただくわけにはまいりますまいか」
しばらく役人たちは相談していたが、やがて「許す。誰か撥を!」と言い、一時的に縄を解かれた藤白検校は、その場で平家物語の一部を演じました。
「たけきものもつひにはほろびぬ、ひとへにかぜのまへの……」
その声を聴き、役人の中にも涙する者がございました。
わたしはその声を聴き、嗚咽を漏らしながら、永く無明の闇の中へ堕ちてゆくこととなりました。
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