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「おばちゃん。俺らもういくから。」
青年は、ぷー子と手を繋ぐ。
「ーーあ、それと、おっさん。おばちゃんには優しくしとけよ。年取って捨てられんのは大体男の方だからな。」
縁起でもない事を言い残し、青年は、シシシと笑い夜の街へと消えて行った。
雨上がり、濡れたコンクリートの匂いと賑わう街に、年甲斐もなく胸がざわつく。
「私たちも行こうか。」
私はそう言って、妻に手を差し伸べる。
「そうですね。」
妻は優しく微笑んで、私の手を取る。ゆっくりゆっくり駅へ向かって私たちは歩いて行く。雲間から漏れた月明かりに照らされた妻の表情に、私は不覚にもドキリとする。
長い間忘れていた感覚。
「年末は、伊豆の温泉にでも行くか。」
歩きながら、私は、妻の目を見ずに言った。
「え?」妻はきょとんとした顔をする。
「なに、平たく言えば『でーと』というやつだ。」
顔は引き攣っていないだろうか、内心穏やかでない私に妻は優しく微笑む。
街のネオンがキラキラと滲んで見えた。
青年の歌声は、尚も私の心の奥で響いている。
完(雨上がりの話)
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