Side A

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Side A

 風が蒸し暑さを攫っていく。  残るのは土の匂いで、夏がすぐそこまできているんだと知った。  真っ赤な鳥居に、二匹の狛犬、立派な御神木。どうやら神社のようだった。  どうしてこの神社にやってきたのか、そもそも今まで何をしていたのか、なぜか全く思い出せない。  俺はいま、塗装が剥げた青いベンチに腰掛けて、正面に見える本殿を眺めている。木造の本殿はさほど大きくはなかったものの、威厳があった。苔のむした石段とか、黒光りする柱とか、本殿を囲むそういったものが、威厳さを助長しているような気もした。  そんな本殿の前、俺に背を向けながら、制服姿の女性がひとりで参拝している。よく見ると、手に力が入りすぎて若干震えている。それに小さい声でブツブツと何かを唱えていて、やけに熱心だった。 「何お願いしてんの?」  気付いたときには、口が勝手に動いていた。  少し強めの風が流れ、彼女の長い髪がゆらゆらと棚引く。長い髪の隙間から見えた瞳は、冴え冴えとしていた。目が合ったのはほんの数秒で、彼女の瞳はすぐに下の方を彷徨った。両手は拳を作って、縫い付けたみたいに胸の前に貼り付いている。スカートは膝より長かったが、風のせいで時折膝が見えそうになっていた。 「て」  か細い声が聞こえて、俺は顔を上げた。彼女の視線は下がったままだ。分厚い唇は開いては閉じ、なかなか次の言葉は出てきそうにない。 ──「て」から始まる、願い事?  俺はその間に、彼女の回答を予想していた。しかしながら、次の瞬間、彼女の口から、とんでもない言葉が発せられる。 「天罰が下るように!」  小さな彼女の体からは考えられないような声量だったため、俺はベンチから滑り落ちそうになった。 「……はい?」  ベンチの背もたれに掴まりながら、思わず聞き返すと、彼女は視線を泳がせながら話し始めた。 「い、い……嫌な奴がいて……私の、教科書とか、靴とか、隠すし……み、水とか掛けられるし……とにかく嫌で……」 ──なるほど、イジメね。  大人しそうなタイプなので、妙に納得してしまった。  間もなくして、パチンという軽い音が境内に響いた。彼女は俺に向かって手を合わせてきたのだ。 「に、憎っくき……サイトウアキラに……て、天罰を、お与えください……って……」  今までの話から予測するに、サイトウアキラとは、いじめっ子のことだろう。いじめられていて、自分には現状どうしようもできないから、そいつに天罰が下るように神様にお祈りしていたらしい。 「そうか」  妙に納得した。 「だから、俺は死ぬのか」
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