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夜空に光る金の星
あれが欲しいと泣く赤子
お星が見ている地上には
お前が欲しいと泣く赤子
母さん隣で笑ってる
父さん隣で笑ってる
きんきんきらきら
金の星
今日もお空で
笑ってる
【星を捕まえた男】【きんぼし】
鈴木義道は黙って頭を下げた。
体格はほっそりとしていてマッチ棒みたいだのにどうしてこうも厄介を次から次へと起こす力があるのだろうか。
頭を掻きながら工藤は鈴木を観察する。
鈴木は工藤より10も若い30歳だ。
工藤は体格はそれなりにいい。ちょっとした小山に角刈り。年齢なりの見た目でもある。
それなのに目の前の男と来たら。
若い男の皮を被った老人の気配を漂わせている。
(悪い奴じゃないんだけどなあ)
素行は悪い。が、人間としてはそう悪くない。礼儀も弁えているし、第一工藤の前では物静かだ。まあ、警察官の前で静かにしていられない奴は大抵どこでだって、はみ出し者だ。
白と鉄の色しかないこの部屋は、取調室とは名ばかりの面談室だ。ため息が出る。喧嘩でもなく、刺し合いでもない。単なる暴動。それもやくざの縄張り争いで、被害に合ったのはたった一つの小さなスナックだ。
今に自分がやりましたと小悪党が名乗り出て、いつものように鈴木は釈放される。縄張りを越えて暴れたのは向こう岸の山海組、そのチンピラの頭に瓶ビールをお見舞いしたのはきっと目の前の男だというのに工藤は手出しができない。
そういうもの、
そういうものなのだ。
「お前みたいな奴、嫌いじゃねえけどな」
工藤が呟くと鈴木は少しだけ目を丸くして、まただんまりのまま頭を下げる。
工藤は鈴木をよく知っている。実家が近所だった。
それで悪名を聞いてはいたが進む道は違っていたから対暴力団の通称マルボウ、本当の名前は四課という部署に入り、実家の近くの警察署に転勤するまで鈴木という男をすっかり忘れていたのである。
最初に会った時に思わず昔話をしてしまった。
お前あの鈴木か。お前の近所に住んでた工藤だよ。お袋知っているだろ、ショートカットの、そうスーパーでお前の母さんとパート仲間の工藤の息子だよ。
鈴木は黙って無視していたが、なぜか、どうしてか、面倒事があると工藤を呼びつけるようになってしまった。
と言っても面倒な場合にし会わないし、会ったからと言って恩情をかける訳でもないから、工藤には鈴木が何故自分を呼びつけるのか解らない。
解らないが少し愛着はある。
手のかかる弟みたいなものだ。
鈴木はあるやくざの幹部候補らしい。
多くは知らない。担当でもない。
ここの警察署はそのやくざの息が少しかかっているから、大物は大抵取調室で時間を潰して帰る。
それまでの退屈しのぎなんだろう。
でも工藤と鈴木の間に親密な会話など、全くない。
不思議な奴だ、そう思っていたら取調室のドアが開いて、若い刑事が顔を出した。
「工藤さん、釈放です」
「おお。鈴木、お迎えが来たぞ。良かったな。あんまり無茶苦茶はよくないぞ。たまにはお袋さんのところに帰ってやれよ」
音を立ててパイプ椅子から立ち上がる工藤。鈴木は立ち上がらない。
不審に思って振り替えると、鈴木は工藤を見つめていた。
小さく口を開く。
「今夜飲みませんか」
「それはお前が堅気になってから言え」
そう言ったら鈴木が薄く笑った。ゆっくりと立ち上がる。そしてなにかを口ずさむ。
「夜空に光る金の星…」
「なに」
「あれが欲しいと泣く赤子…」
「おいおい、どうした」
「この歌お袋が唄ってくれました。なんとなく好きでね。子供が星を欲しがる歌なんだけど、俺だって欲しい」
金の星が。
…だからなんだというのだろうか。
訝しげな顔をしている工藤の前を、もういつもの顔をして鈴木が横切る。
いつもより饒舌だったのはどうしてだ。それを問おうとして、止めた。
所詮工藤には鈴木と関わる意味などない。
その夜工藤は行き付けの居酒屋で同僚と飲み、それから寮へ帰るべく歩いた。冬の空は美しい。寒ければ寒い程、きんきんきらきら、輝いていた。
工藤に妻はいない。
どうもその辺りに縁がなかったようだった。
安いコートの襟を合わせ、人気のない道を歩いていると公園がある。いつものパターンだ。あの公園の反対に回れば実家だ。明日は休みだし、実家で寝ようか。そう思った時だ。
「工藤さん」
振り替える。
街灯のない道。
目を凝らして見る。
誰か、いるようだった。
「誰だ」
返事はない。
だから後ずさる。
するともう一度誰かが言った。
「工藤さん、俺とも飲みましょうよ」
それで気がついた。
鈴木だ。
「馬ァ鹿、やくざとデカが一緒に飲めるかよ」
「俺みたいな奴嫌いではないんでしょ」
「お前なア、尾けてたんか」
「ねえ…一杯付き合いませんか」
「どうしたんだ、今日はおかしいぞ」
そう言ったら忍び笑いが聞こえてきて、なんだか気味が悪くなって、もう一歩下がったらいきなり後ろから手が伸びて、口を塞がれた途端にコキリと音がして気を失った。
次に気がついた時にはラブホみたいな部屋にいた。
電気は通っているようだけれど蜘蛛の巣や埃が部屋のあちこちにあったので、差し押さえの物件なんだろうと思う。
それでもって工藤は自分の体の自由が全く利かない事にも気がついた。
かろうじて頭を動かせる位で、手足はピクリともしない。痛覚もない。
そして、目の前に鈴木が黙って立っていた。
目が合うと黙って頭を下げた。返事の変わりに工藤が畜生と呻けば、片頬を歪めて笑う。
「痛かないですか」
「なんの真似だこれあ」
「痛くもなんともないようだ。最初だったから。嗚呼でも薬が切れたら可哀想かもしれない」
「なんだと」
「加減ができる保証はなかったから今日は味見。痛くないでしょう?」
痛いとか痛くないとかなんのことだ。そう思いながら首を動かすと、ふと気がついた。
下半身は裸だった。
シーツには何故か血の染みのようなものが大袈裟に広がっている。
それから自分のシャツがはだけられているのを見た。
白濁とした体液がこびりついた胸板を、見た。
野太い悲鳴が上がる。
それを受け流すようにして鈴木は指を工藤の下半身に伸ばし、先程まで自身を受け入れていた肉壁に指をゆっくりと埋めていく。人の体で遊んでいる。水音を立てると工藤は狂乱した。
痛覚も快感もない。
それでも工藤は地獄に落ちた。
声が涸れるまで喚いてから、助けが来ないことを知った。
鈴木は子守唄を口ずさむ。
夜空に光る金の星
あれが欲しいと泣く赤子
お星が見ている地上にはお前が欲しいと泣く赤子
母さん隣で笑ってる
父さん隣で笑ってる
きんきんきらきら
金の星
今日もお空で
笑ってる
「工藤さん、俺も金の星が欲しかったんだ。人生真っ暗だらけで面白くなかったから」
まぶしくって、
綺麗なやつ。
高嶺の花。
手に入れたら嬉しいだろな、そう思っていたらあんたがいて、嗚呼いいなと思っていたら、今日あんたが言った。
(お前みたいな奴、嫌いじゃねえけどな)
「お星さんも、俺の事好いてくれてたんだな。嬉しいよ」
そう言って鈴木は人間らしい顔で、笑った。
【きんぼし】
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